AI小説「こころもよう」

こころもよう

松田卓也+ChatGPT

第一章:手紙

 ポストの前で、綾は小さな青い封筒を握りしめていた。手紙を送ること自体、何年ぶりだろう。スマートフォンを開けば、一瞬で誰とでも繋がれる時代に、こんなにも時間のかかる方法を選んだのはなぜか。それは井上陽水の歌「こころもよう」の影響だ。70年台の大ヒットしたフォークソングだが、自分の世代とは全く違う。本来なら接点はない。しかし、たまたまYouTubeで尾崎紀世彦がうたうこの歌を聴いて、感動の虜になったのだ。カバーしている歌手を全部聞いてみた。中澤卓也もいい。私もあの歌詞の通りにペンとインクで手紙を書いてみたい。あの歌の歌詞の通りの心情になっている今は。
 封筒の中には、たった数枚の便箋。インクの匂いがわずかに残る文字たちは、どれも迷いながら書かれた跡がある。書き終わった後、何度も読み返し、そのたびに言葉を削った。それでも、最後まで書き直せなかった一文がある。
 「あなたの笑い顔を今日は覚えていました。」
 なぜ、今日に限って陽介のことを思い出したのか。考えても答えは出なかった。ただ、静かな午後、仕事帰りの電車の窓から雨の降る街を眺めていたとき、不意に蘇ったのだ。あの懐かしい顔、照れたような笑い声。そして、最後に交わした別れの言葉。
 東京に出てきて五年。毎日は忙しく、目の前のことに追われていたはずだった。仕事も順調で、同僚との付き合いも悪くない。それなのに、ふとした瞬間に感じるこの隙間のような感覚は、何なのだろう。
 ──手紙を送ろう。
 そう思ったのは、衝動だった。あの歌の歌詞が衝動的に脳裏に閃いたのだ。いや、歌詞のヒロインになりたかったのかもしれない。
 だけど、書き終えた今、その決断は間違っていなかった気がする。陽介に伝えたいことは何もない。ただ、この寂しさだけを便箋に詰めて、彼に送る。
 「送っても、きっと何も変わらないよ。」
 昼休みに相談したとき、奈津はそう言った。彼女の言葉は現実的で、正しい。返事が来るとも限らないし、陽介にとっては迷惑かもしれない。それでも、綾にとっては大切な行為だった。
 ポストに手を伸ばし、封筒を滑り込ませる。小さな音を立てて、手紙は暗い投函口へと消えた。引き返せない瞬間だった。
 夜、部屋の窓を開けると、雨はまだ降り続いていた。街灯の明かりに照らされた雫が、静かにアスファルトを濡らしている。綾は曇りガラス越しにぼんやりと外を眺めた。
 ──あなたにとって、見飽きた文字が季節の中で埋もれてしまう。
 それでも、今の自分には、この手紙を書くことが必要だった。
 季節は巡り、人は変わる。私も変わる。それでも、変わらないものがあるはずだ。綾は思った。陽介は変わらない・・・はずだ。

第二章:雨の日の記憶

 雨の音が静かに響く。東京の街はグレーに染まり、窓の外には曇りガラス越しにぼやけたネオンが揺れていた。
 綾はカフェの隅の席に座り、スプーンでコーヒーをかき混ぜながら、遠くを見つめる。ポストに手紙を投函したあの夜から、心の中に小さな波紋が広がっていた。
 ──陽介は今、どんなふうに暮らしているのだろう。
 ふるさとの新潟を離れてから、綾はほとんど帰省していない。家族とは電話で話す程度で、昔の友人たちとも疎遠になった。陽介とは、高校を卒業してすぐの頃に何度か連絡を取っていたが、次第にやり取りは途切れ、気づけば五年が過ぎていた。私は変わり過ぎた。
 「何を今さら……。」
 自分で書いた手紙のことを思い出し、綾は苦笑する。送りたかったのは、自分の気持ちの整理だったのかもしれない。だけど、陽介がそれをどう思うのか、想像することすら怖かった。
 「懐かしい顔してるね。」
 ふいに声をかけられ、綾ははっと顔を上げる。奈津だった。彼女はトレンチコートの襟を直しながら、綾の向かいの席に座る。
 「さっきからずっと遠くを見てたよ。何考えてたの?」
 「……昔のこと。」
 奈津は軽く微笑み、テーブルに肘をついた。「やっぱり、陽介くんのこと?」
 綾は驚いた顔をしたが、奈津の視線から逃げるように、窓の外へ目を移した。
 「うん……手紙、送った。」
 「ふうん。返事、来るといいね。」
 奈津の言葉はあくまで軽やかだったが、綾にはそれが妙に現実的に聞こえた。もし陽介から何の反応もなかったら。それとも、思いがけず返事が届いたら。
 「……どっちにしても、少し怖いかも。」
 そう呟くと、奈津は小さく頷き、コーヒーを一口飲んだ。
 雨はまだ降り続いていた。頭の中では「こころもよう」が響いていた。私はヒロインだ。

第三章:陽介の現在

 新潟の朝は、冷たい空気とともに始まった。窓の外には、田畑を覆う霧が広がっている。朝露に濡れた土の匂いが漂い、遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。
 陽介は湯気の立つマグカップを手に取り、静かに息をついた。郵便受けから取り出した一通の手紙が、机の上に置かれている。青い封筒——見覚えのある字。まさか、今になって綾から便りが届くとは。
 彼はしばらくその手紙を眺めていた。五年という時間が、二人の間に距離を作っていたはずなのに。
 陽介は祖父の代から続く農家を継ぎ、日々忙しく働いていた。朝早くから田畑に出て、泥にまみれながら作業をする。都市での華やかな暮らしとは無縁だが、それなりに充実していた。
 それでも、ふとした瞬間に思い出すのは、綾との高校時代の記憶だった。
 秋の夕暮れ、二人で河原を歩いたこと。冬の寒い日に、駅の待合室で肩を寄せ合ったこと。春、桜の下で彼女が見せたあの笑顔。眩しい夏の光を浴びて、ふたりで海水浴に行ったことを。思い出の一つひとつが、今の陽介の心に温かく、そして少しだけ痛みを伴って響いた。
 手紙を開けるべきか、迷う。もし読んでしまえば、忘れかけていた感情がまた胸の奥に蘇るかもしれない。だが、開けずに置いておくほどの勇気もなかった。
 ——開けたら、何かが変わるだろうか。
 外では小雨が降り続き、田畑の土がしっとりと湿っている。
 陽介は、ゆっくりと封を切った。

第四章:すれ違う思い

 指先がわずかに震える。手紙を読み進めるうちに、胸の奥にしまい込んでいた記憶がゆっくりと蘇る。
 「あなたの笑い顔を今日は覚えていました。」
 その一文が、陽介の心に深く突き刺さる。
 高校時代の記憶が鮮やかによみがえった。ふたりで歩いた放課後の帰り道、川沿いの土手で語り合った夢、冬の寒さを凌ぐために手をつないだこと。綾は、そんな日々を思い出していたのだろうか。
 季節は巡る。冬が過ぎ、春が訪れ、また夏が来る。そのたびに人は変わる。綾は都会に出て変わっただろう。もう手の届かないところに行ってしまっただろう。しかし自分は農業を継ぎ、都会の生活とはかけ離れた日々を送っている。
 「今さら、何を言えばいい?」
 便箋を握りしめたまま、陽介は窓の外を眺めた。冬の名残が微かに残る風が、枯れた田んぼを揺らしている。
 過去に戻ることはできない。でも、綾の言葉は確かに自分の心を揺らしていた。
 陽介は机に向かい、静かにペンを取った——。

第五章:冬の再会

 綾は新潟行きの新幹線の窓から、雪景色を眺めていた。東京とはまるで違う世界。静寂と白の世界に包まれた故郷は、彼女にとって遠い記憶の中の風景そのものだった。いつまでも変わらない世界だ。
 陽介からの返事はなかった。しかし、それでも綾はこの旅を決めた。手紙を送っただけで終わりにするのではなく、自分の気持ちにけじめをつけるために。
 駅に降り立つと、冷たい風が頬を刺す。足元の雪を踏みしめながら、綾はゆっくりと河原へ向かった。かつて二人でよく訪れた場所。そこに行けば、何か答えが見つかるような気がした。
 降り積もった雪が、足音を吸い込むように静寂を作り出している。綾はコートの襟を立てながら、遠くに人影が見えた。彼の後ろ姿。
 陽介だった。でき過ぎた偶然だ。
 綾の心臓が高鳴る。五年ぶりに見る姿は、記憶の中の彼と少し違っていた。背中が少しだけ広くなり、髪の毛にうっすらと雪が積もっている。
 陽介もまた、彼女の足音に気づいたのか、ゆっくりと振り向いた。
 「……綾さん?」
 その声は、昔と変わらない。優しく、少し驚き混じりで、そして懐かしさを帯びていた。
 綾は小さく笑った。「久しぶり。」
 しばしの沈黙。二人の間には、五年という時間があった。けれど、その時間が無駄だったとは思わない。ただ、言葉にできなかった思いが、そこにあった。
 「手紙、読んだよ。」
 陽介の言葉に、綾はそっと目を伏せた。彼の表情は、過去を振り返るようでいて、今ここにいる彼女をしっかりと見ていた。
 「……返事、しなくてごめん。」
 「ううん。いいの。」
 風が二人の間を吹き抜ける。遠くで川の流れる音がかすかに聞こえた。静かで、穏やかな時間。
 「変わった?」綾がふと聞く。
 「……変わったよ。でも、変わらないものもある。」
 陽介の言葉に、綾は再び笑った。「そうだね。」
 かつて愛した人。今もなお、大切な人。互いに微笑み合いながら、過去ではなく、未来を見据えていた。
 雪が舞い落ちる中、二人はそっと並んで歩き出した——。

エピローグ:変わったのは——

 東京の夜。ネオンが雨に滲み、舗道に映る光が揺らめいていた。
 綾は窓際の席に座り、指先でカップの縁をなぞる。都会の喧騒の中に身を置きながら、胸の奥に広がる空白を埋めることはできなかった。
 吹っ切れるつもりだった。あの河原で陽介に会い、自分の中で終止符を打つはずだった。
 けれど、違った。
 変わったのは、自分ではなく陽介だった。
 五年前と同じ景色の中に立っていたのに、彼はもう以前の陽介ではなかった。声も、仕草も、表情も。彼の時間は確かに進んでいた。あの日と同じ雪の中、変わらないのは自分の方だった。
 ——季節は巡り、あなたを変える。
 あの歌詞の意味が、今になって胸に突き刺さる。
 「ねえ、綾?」
 奈津の声に顔を上げる。彼女はスマホをいじりながら、ちらりとこちらを見た。
 「……どうしたの?」
 「……なんでもない。」
 綾は笑ってみせたが、それはあまりにも儚い微笑みだった。
 何も変わらなかったはずの都会の空が、どこか遠いものに感じた。
 新潟へ帰りたい。
 無性に、帰りたかった。だけど、それは叶わない願いだった。
 窓の外には、冬の冷たい雨が降り続いていた。
 ふたりの人生は交差し、そして再びそれぞれの道へと続いていく。
 だが、それは決して切れたわけではなかった。
 季節は巡り、いつかまた、どこかで——。あーあー。