AI小説「鶯荘殺人事件」(DeepSeekV3版)

鶯荘殺人事件

松田卓也+DeepSeek V3

前書き

先に上梓した「鶯荘殺人事件」はClaudeをアシスタントとして使って書いた。LLMに小説を書かせることは、現在ではまだそう簡単なことではない。単に〇〇の小説を書いてくれと頼むだけではうまくいかない。話の筋をあらかじめきっちり決めておく必要がある。前回はアガサ・クリスティーのスリラー短編小説Philomel Cottageの内容を、場所を日本に置き換えて、登場人物の名前も日本風に変えて(これはLLMが考えてくれる)、場所の設定もして、各章ごとにかなり詳しいストーリーラインを決めておいた。それでLLMに各章ごとに書かせるのだ。初めの方は良いのだが、後の章になると怪しくなる。LLMは自分が以前に書いたことを忘れてしまうのだ。だから以前の話と矛盾したり、与えた話の筋を忘れたりして、自分勝手にまとめてしまうことがある。だから何度も書き直させる必要があった。さらに使うLLMによって文体や内容すらも異なるのである。そういうわけで本作は、前作と詳細が異なる。今回はむしろLLMの性格を知るという試みである。まだ矛盾点も残っているが、それもご愛嬌と思い、中国製の話題のLLMであるDeepSeek V3が話をどう料理したかお楽しみください。

第1章「運命の出会い」

朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を薄く照らしていた。亜里沙はベッドから起き上がり、窓を開けると、冷たい空気が部屋に流れ込んできた。外では、夫の村上源三郎が車のエンジンをかけ、出勤の準備をしている。彼はいつも通り、時間に正確で、少しでも遅れることを嫌う男だった。
「行ってきます」
源三郎が玄関で声をかける。亜里沙は窓から手を振り、「気をつけて」と返事をした。車が静かに道路を走り去ると、彼女はふと、この生活が始まる前のことを思い出した。
*****
亜里沙は事務職として働く33歳の女性だった。真面目で几帳面な性格で、同僚からの信頼も厚かった。しかし、彼女の人生は決して順風満帆ではなかった。母の介護を続け、その母が亡くなってからは、天涯孤独の身となっていた。父も数年前に他界し、残されたのは高額の保険金だけだった。
「井上さん、今日も残業ですか?」
同僚の山田大輔が声をかけてきた。35歳の山田は、亜里沙と同じ部署で長年働いてきた男だった。彼は大学院生の弟の学費を負担しており、経済的には余裕がなかったが、いつも明るく、亜里沙を気にかけてくれる存在だった。
「ええ、少し片付けたいことがあって」
亜里沙は微笑みながら答えた。
「いつも頑張りすぎだよ。たまには息抜きも必要だよ」
山田はコーヒーカップを手に、亜里沙のデスクに腰を下ろした。
「ありがとう。でも、母が亡くなってから、仕事に没頭するしかないみたいで…」
亜里沙の声には、どこか寂しさがにじんでいた。
「井上さん、俺はいつでも話を聞くよ。一人で抱え込まないでくれよ」
山田の目は真剣だった。彼は亜里沙を愛していたが、自分が貧乏であることを理由に、その想いを打ち明けることができなかった。特に、亜里沙が遺産を相続してからは、金目当てと思われることを恐れ、少し距離を置くようになっていた。
亜里沙は友人に誘われ、久しぶりのパーティーに参加していた。彼女は普段、こうした場に出ることは少なかったが、母の死から1年が経ち、少しずつ外の世界に目を向け始めていた。
「井上さん、こちらです」
友人が手招きする。そこには、45歳ほどの男性が立っていた。背が高く、整った顔立ちで、どこか洗練された雰囲気を漂わせている。
「こちらは村上源三郎さん。最近、神戸に戻ってこられたんですよ」
友人が紹介する。村上はにっこりと笑い、亜里沙に軽く会釈した。
「はじめまして、井上亜里沙です」
彼女も笑顔で応える。
「井上さん、お会いできて光栄です。神戸は久しぶりで、懐かしいですね」
村上の声は柔らかく、どこか安心感を与えるものだった。
「村上さんは、長年海外でお仕事をされていたんですって」
友人が付け加える。
「ええ、主にヨーロッパを中心に活動していました。特にパリでの生活は忘れられませんね」
村上は軽く笑いながら、海外での経験を語り始めた。彼の話は面白く,亜里沙はつい聞き入ってしまった。
「井上さんは,神戸でお仕事をされているんですか?」
村上が尋ねる。
「はい,商社で事務をしています。でも,最近は少し疲れ気味で…」
亜里沙はうなずき,最近の境遇について少し話した。
「それは大変な時期を乗り越えられたんですね」
村上の目には,共感するような温かさがあった。亜里沙は,久しぶりに誰かに理解されたような気がした。
パーティーの後,村上は亜里沙をソファに誘い,さらに話を続けた。
「井上さん,お母様のことを話されていましたが,大変でしたね」
村上の声には,どこか優しさが込められていた。
「はい,母の介護をしていましたが,最近亡くなりました。父も数年前に他界して,今は一人です」
亜里沙の声には,寂しさがにじんでいた。
「それは…大変なご苦労でしたね」
村上は深くうなずき,しばらく沈黙した後,ふと尋ねた。
「もしよろしければ,お聞きしてもいいですか?お父様は,何か遺産を残されたんですか?」
村上の目が一瞬鋭く光ったように見えた。
「ええ,父は高額の保険金を残してくれました。母を通じて,それを相続したんです」
亜里沙は何気なく答えたが,村上の表情が一瞬変わったことに気づいた。
「それは…すごいですね」
村上の声には,どこか興奮が混じっていた。彼はすぐに表情を整え,微笑みながら続けた。
「井上さん,これからもっとお話しませんか?僕たち,きっと気が合うと思います」
村上の言葉に,亜里沙は少し戸惑いながらも,うなずいた。
ある夜,村上と一緒に映画を見に行った時のことだった。ホラー映画の途中,村上が突然,亜里沙の手を強く握りしめた。
「ちょ,ちょっと…村上さん?」
亜里沙は驚いて声を上げた。
「す,すみません…怖くて…」
村上の声は震えていた。彼の顔は青ざめ,目は恐怖で大きく見開かれていた。
「村上さん,ホラー映画が苦手なんですか?」
亜里沙は少し笑いながら尋ねた。
「ええ,昔から怖いものが苦手で…特に,幽霊とか,暗いところが…」
村上は恥ずかしそうに俯いた。
「でも,映画は村上さんが選んだんでしょ?」
亜里沙は呆れながらも,どこか愛おしさを感じた。
「井上さんと一緒なら,と思ったんですが…やっぱり無理でした」
村上の表情はどこか子供っぽく,亜里沙は思わず笑ってしまった。
別の日,村上と夜道を歩いていた時のことだった。街灯の少ない道で,村上が突然,亜里沙の腕を掴んだ。
「ちょ,村上さん,どうしたの?」
亜里沙は驚いて尋ねた。
「あ,あの…暗いところが苦手で…」
村上の声は小さく,どこか弱々しかった。
「大丈夫ですよ。私がいますから」
亜里沙は優しく笑い,村上の手を握り返した。
「ありがとう…井上さんがいると,安心します」
村上の表情は少し和らぎ,彼は亜里沙に寄り添うように歩き始めた。
しばらく歩いた後,村上がふと口を開いた。
「実は,僕,心臓が弱くて…怖いと,心臓が止まりそうになるんです」
村上の声には,どこか自嘲的な響きがあった。
「えっ,本当ですか?大丈夫ですか?」
亜里沙は心配そうに尋ねた。
「ええ,昔からそうなんです。だから,怖いものには近づかないようにしているんですが…」
村上は苦笑いを浮かべた。
「でも,村上さん,そんなに怖がりなんですね」
亜里沙は少し驚きながらも,どこかほほえましく感じた。
「はい,情けない話ですが…でも,井上さんがいると,少し勇気が出ます」
村上の目には,どこか頼もしい光が宿っていた。
ある日,山田が亜里沙に真剣な表情で話しかけてきた。
「井上さん,村上さんのこと,本当に知ってるんですか?」
山田の目には不安が浮かんでいた。
「どういうことですか?」
亜里沙は少し驚いた様子で尋ねた。
「彼のことを調べた方がいいですよ。急ぎすぎだと思う」
山田の声には,どこか焦りが見えた。
「大輔さん,彼は素敵な人です。私のことを理解してくれるし,海外での経験も豊富で…」
亜里沙は山田の言葉を軽く受け流した。
「でも,彼の過去を知らないでしょう?急ぎすぎですよ」
山田の言葉は亜里沙の心に引っかかったが,彼女はそれを無視した。
「大輔さん,心配してくれてありがとう。でも,私は大丈夫です」
亜里沙は微笑みながら,山田の言葉をかわした。
村上は亜里沙に岡山の田舎にある「鴬荘」という家を見つけたと話し,一緒に住もうと提案した。
「この家,気に入ってくれたかな?」
村上が写真を見せながら尋ねた。
「ええ,とても素敵です。田舎での生活に憧れていたんです」
亜里沙は嬉しそうに答えた。
「それなら,一緒に住みましょう。僕たちの新しい生活を始めよう」
村上の言葉に,亜里沙はうなずいた。
山田は最後まで反対したが,亜里沙の決意は固かった。彼女は村上とともに,新しい生活を始めることを選んだ。
こうして,亜里沙の運命は大きく動き始める。彼女が鴬荘に引っ越し,村上との生活が始まることで,物語はさらに深みを増していく。

第2章「鴬荘」

4月初旬、春の訪れとともに、亜里沙と村上は岡山県総社市にある「鴬荘」に引っ越した。鴬荘は、吉備路の古い街道から少し入った山間部に位置する一軒家だった。周囲には豊かな森林が広がり、清流が流れる景勝地でもあった。家の裏には広大な林が広がり、夜になると鴬の声が聞こえるという。
「ここが私たちの新しい家です」
村上が車から降りると、鴬荘を指さした。彼の声には、どこか誇らしげな響きがあった。
「わあ、本当に素敵…」
亜里沙は感動で息を呑んだ。鴬荘は和洋折衷の二階建てで、前所有者の青木清一郎が近代的に改装したという。庭は広く、手入れが行き届いており、梅や桜の古木が風情を添えていた。
「中も見てみましょう」
村上が亜里沙の手を取ると、家の中へと案内した。内部は明るく、現代的な設備が整っていた。リビングには大きな窓があり、庭の景色が一望できた。
「ここで、ゆっくりと暮らしましょう」
村上の声には、どこか安堵感がにじんでいた。亜里沙はうなずき、新しい生活への期待を胸に膨らませた。
引っ越しから数日後、庭師の佐藤富蔵が訪ねてきた。70代の佐藤は、青木前所有者の時代から庭の手入れをしてきた男だった。彼は実直そうな風貌で、庭の手入れに情熱を注いでいた。
「おはようございます。佐藤と申します。これからも庭の手入れをさせていただきます」
佐藤は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
亜里沙は微笑みながら答えた。彼女は佐藤の実直な人柄に好感を持った。
「この庭は、私にとっては第二の家のようなものです。これからも大切に手入れさせていただきます」
佐藤の目には、どこか誇りが宿っていた。
「ありがとうございます。私も庭が大好きですから、一緒に手入れさせていただきたいです」
夜になると、鴬の声が聞こえてきた。その声は、どこか物悲しくもあり、亜里沙の心に深く響いた。
「鴬の声、聞こえますか?」
亜里沙が村上に尋ねた。
「ええ、とても美しいですね。西欧ではナイチンゲールと呼ばれています。夜に鳴く鳥として知られています」
村上の声には、どこか知識をひけらかすような響きがあった。
「ナイチンゲール…」
亜里沙はその言葉を繰り返し、鴬の声に耳を傾けた。
ある日、佐藤が庭の手入れをしている時に、亜里沙は彼と話をした。
「佐藤さん、この家は前の所有者の青木さんが改装したんですよね?」
亜里沙が尋ねると、佐藤はうなずいた。
「ええ、青木さんはこの家をとても大切にされていました。改装にもかなりの費用をかけられたようです」
佐藤の声には、どこか懐かしさがにじんでいた。
「そうなんですね。でも、村上さんはこの家を3000万円で買ったと言っていましたが…」
亜里沙はふと、家の値段について尋ねた。
「3000万円?」
佐藤は少し驚いた様子で目を丸くした。
「ええ、村上さんはそう言っていました」
亜里沙は佐藤の反応に少し戸惑った。
「いや、青木さんから聞いた話では、2000万円だったはずですが…」
佐藤は首を傾げた。
「えっ、そうなんですか?」
亜里沙は少し混乱した。村上から聞いた話と、佐藤の話が食い違っていた。
「まあ、私の聞き間違いかもしれませんが…」
佐藤はそう言って、話題を変えた。
その夜、亜里沙は村上に家の値段について尋ねた。
「源三郎さん、この家は3000万円で買ったんですよね?」
亜里沙は慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「ええ、そうだよ。どうしたの?」
村上の声には、どこか緊張がにじんでいた。
「佐藤さんが、青木さんから聞いた話では2000万円だったと言っていましたが…」
亜里沙は村上の目をじっと見つめた。
村上は一瞬、言葉を失ったように見えた。しばらく沈黙した後、彼は口を開いた。
「ああ、それは…即金で2000万円、残りの1000万円は後払いなんだ。だから、総額は3000万円になる」
村上の声には、どこか焦りが見えた。
「そうなんですか…」
亜里沙は納得いかない様子でうなずいた。彼女の心には、どこか釈然としないものが残った。
村上はよく裏の林に入っていた。ある日、亜里沙がそのことを尋ねると、村上は口を濁した。
「ああ、ちょっと散歩するだけだよ。林の中は気持ちがいいからね」
村上の声には、どこかそっけなさがにじんでいた。
「何かあるんですか?」
亜里沙は不審そうに尋ねた。
「いや、別に…ただの散歩だよ」
村上はそう言って、話題を変えた。
亜里沙は村上の態度に違和感を覚えた。彼女はふと、村上が何かを隠しているのではないかと疑い始めた。
夜になると、鴬の声が再び聞こえてきた。その声は、どこか不気味に感じられた。亜里沙はベッドに横になり、鴬の声に耳を傾けた。
「何かがおかしい…」
彼女は心の中でつぶやいた。鴬荘での生活は、彼女が想像していたものとは少し違っていた。村上の態度や、家の値段についての疑問が、彼女の心に重くのしかかっていた。
こうして、亜里沙の鴬荘での生活が始まった。彼女は新しい環境に慣れようとしながらも、次第に村上への違和感を強めていく。鴬の声が鳴く夜、彼女の心には不安が広がっていた。

第3章「亀裂」

鴬荘での生活が始まって数週間が経った。亜里沙は新しい環境に慣れようと努力していたが、村上への違和感は日に日に強まっていた。ある日、彼女の携帯電話が鳴った。画面には山田大輔の名前が表示されていた。
「もしもし、大輔さん?」
亜里沙は少し驚きながら電話に出た。
「井上さん、元気ですか?」
山田の声には、どこか焦りが見えた。
「ええ、元気です。どうしたの?」
亜里沙は山田の様子に不安を感じた。
「実は、村上さんのことを調べているんですが…彼の素性が怪しいんです」
山田の声は真剣だった。
「どういうことですか?」
亜里沙は心配そうに尋ねた。
「彼は過去に何か隠しているような気がする。特に、海外での経歴が怪しい。君は彼のことを本当に知っているのか?」
山田の言葉は鋭く、亜里沙の胸に刺さった。
「大輔さん、彼は素敵な人です。私のことを理解してくれるし、海外での経験も豊富で…」
亜里沙は山田の言葉を軽く受け流そうとした。
「でも、彼の過去を知らないでしょう?急ぎすぎましたね」
山田の言葉は亜里沙の心に引っかかったが、彼女はそれを無視した。
「大輔さん、心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫です」
亜里沙は微笑みながら、山田の言葉をかわした。
その夜、亜里沙は村上の行動に違和感を覚えた。彼はよく書斎に閉じこもり、机の引き出しを開けては何かを書き込んでいるようだった。ある日、亜里沙は村上が書斎を出た隙に、机の引き出しを開けてみた。
「これは…?」
引き出しの中には、たくさんの書類がぎっしりと詰まっていた。それらを調べると、古いアメリカの新聞記事や、意味のわからないメモがたくさんあった。
「何を隠しているの…?」
亜里沙は不安を感じながらも、書類を元の場所に戻した。
数日後、山田が再び電話をかけてきた。
「井上さん、今どこにいるの?」
山田の声には、どこか緊迫感があった。
「鴬荘です。どうしたの?」
亜里沙は山田の様子に不安を感じた。
「実は、総社のホテルに来ているんだ。鶯荘を訪問したいんだけど、いいかな?」
山田の言葉に、亜里沙は少し驚いた。
「えっ、今ですか?」
亜里沙は戸惑いながらも、山田の訪問を許可した。
「ありがとう。すぐに向かうよ」
山田の声には、どこか安堵感がにじんでいた。
亜里沙は村上に山田の訪問について話した。
「源三郎さん、山田さんが遊びに来るそうです」
亜里沙は慎重に言葉を選びながら伝えた。
「山田さん?あの同僚の?」
村上の表情が一瞬険しくなった。
「ええ、彼は総社に来ているそうで、ちょっと寄りたいと言っていました」
亜里沙は村上の反応に少し戸惑った。
「いや、それは…ちょっと都合が悪いな」
村上の声には、どこか焦りが見えた。
「どうしてですか?山田さんは昔からの友人ですよ」
亜里沙は村上の態度に違和感を覚えた。
「いや、ただ…今はちょっと忙しいし、彼が来るのは避けたいんだ」
村上の言葉は鋭く、亜里沙の胸に刺さった。
「でも、彼はもう来る途中ですよ」
亜里沙は村上の態度に少し怒りを感じた。
「分かった。でも、彼とはあまり話したくないから、君だけで対応してくれないか?」
村上の声には、どこか弱々しさがにじんでいた。
その日の午後、山田が鶯荘を訪れた。彼は亜里沙に会うと、すぐに村上のことを尋ねた。
「井上さん、村上さんはどこにいるの?」
山田の声には、どこか緊迫感があった。
「源三郎さんは書斎にいます。でも、彼はちょっと忙しいみたいで…」
亜里沙は山田の様子に不安を感じた。
「分かった。でも、彼のことを調べた方がいい。彼は何か隠しているような気がする」
山田の言葉は鋭く、亜里沙の胸に刺さった。
その夜、亜里沙は奇妙な夢を見た。夢の中で、山田が村上を殺し、そのことを亜里沙は感謝しているという内容だった。彼女は夢から覚めると、冷や汗をかいていた。
「何て夢なの…」
亜里沙は心の中でつぶやいた。彼女の心には、村上への疑念がさらに深まっていた。
翌日、村上はまた裏の林に入っていた。亜里沙は彼の行動に違和感を覚え、林の中を覗いてみた。すると、村上が何か穴を掘っているように見えた。
「源三郎さん、何をしているの?」
亜里沙が声をかけると、村上はびくっとした。
「あ、ああ…ただの散歩だよ」
村上の声には、どこか焦りが見えた。
「でも、何か穴を掘っているように見えたけど…」
亜里沙は村上の態度に不審を抱いた。
「いや、別に…ただの散歩だよ」
村上はそう言って、話題を変えた。
その夜、亜里沙は再び村上の書斎に忍び込んだ。机の引き出しを開けると、古いアメリカの新聞記事が見つかった。それは、英語で書かれた記事で、詳細までは読めなかったが、見出しには「連続殺人犯」という言葉が目立っていた。
「これは…?」
亜里沙は記事を読みながら、村上の正体に気づき始めた。彼女の心には、恐怖と不安が広がっていた。
こうして、亜里沙の村上への疑念はさらに深まっていく。彼女は村上の正体に気づき始め、彼女の不安は日に日に大きくなっていった。鴬荘での生活は、彼女が想像していたものとは大きく違っていた。夜に鴬の声が聞こえるたび、彼女の心には恐怖が広がっていた。

第4章「正体」

亜里沙は夫の村上源三郎に対する疑念が日に日に強まる中、彼の書斎に忍び込むことを繰り返していた。机の引き出しには鍵がかかっていたが、亜里沙は以前から鍵のありかを知っていた。彼女は慎重に引き出しを開け、中にぎっしりと詰まった書類を調べ始めた。
「これは…?」
引き出しの中には、古いアメリカの新聞記事がいくつかあった。記事は英語で書かれており、詳細までは理解できなかったが、見出しには「連続殺人事件」という言葉が目立っていた。亜里沙は記事を読み進めると、ある一つの記事に目が留まった。
「裕福な年長の女性が若い日本人男性『村上健一』と結婚し、その後、女性は姿を消した。村上健一は女性の資産を受け継いだ。同様の事件が二度起き、警察は村上健一を調べたが、死体が見つからず、彼が雇った有能な弁護士の活躍で不起訴となった。その後、村上健一は日本に帰国した。」
亜里沙は記事を読みながら、胸が高鳴るのを感じた。記事には「村上健一」の写真も掲載されていた。写真の男は、現在の村上源三郎とは少し違う。現在の村上は髭を剃り、短髪で、眼鏡もかけていない。しかし、よく見ると目元や眉の形、顎のラインがそっくりだ。村上は以前、コンタクトレンズを使っていると言っていた。もし彼が眼鏡を外し、髭を剃り、髪を短くしたら、写真の男と瓜二つになるだろう。
「村上源三郎…村上健一…」
亜里沙は心の中でその名前を繰り返した。彼女は確信した。夫の村上源三郎は、実は連続殺人犯の村上健一なのだ。
亜里沙は自分の境遇を冷静に分析した。彼女には資産があり、身寄りもない。もし彼女が消えても、誰も気にしないだろう。鴬荘は山間部の一軒家で、周囲には人家もない。裏の林は広大で、死体を隠すのに最適な場所だ。村上は以前、青木前所有者に「妻が寂しがるので神戸に戻るが、庭の手入れはもう必要ない」と伝えていた。つまり、村上は亜里沙を殺し、その死体を林に埋めるつもりなのだ。
「私は次のターゲットなんだ…」
亜里沙は恐怖で震えながらも、冷静に状況を整理した。
村上は手帳を机の引き出しに厳重にしまっていることを、亜里沙は以前から知っていた。彼女は鍵を開け,手帳を取り出した。今日の日付を見ると,夜の9時の欄に「決行」と書かれていた。前回の「決行」の文字はばつ印で消してあった。
「決行…これは私を殺すことなんだろうか…」
亜里沙は過去の村上の行動を思い返した。彼はよく裏の林に入り,何かを探しているようだった。おそらく,死体を埋める場所を物色していたのだろう。前回「決行」しなかったのは,亜里沙が手帳を拾って問い詰めたことで,彼の気勢が削がれたからだ。
「今夜9時…彼は私を殺すつもりだ…」
亜里沙は確信した。しかし,こんなあやふやな推測で警察を呼ぶことはできない。亜里沙は山田に緊急で電話をかけた。
「大輔さん,助けて…」
彼女の声は震えていた。
「どうしたんだ,井上さん!?落ち着いて話してくれ!」
山田の声には焦りが見えた。
「村上さん…彼は連続殺人犯なの。今夜,私を殺そうとしている…」
亜里沙は息を切らしながら,村上の正体と彼女が危険にさらされていることを説明した。
「分かった。すぐに向かう。それまで,何があっても彼に疑われないように振る舞ってくれ。夫との会話は録音しておくんだ。証拠になる」
山田の声には,どこか冷静さが戻っていた。
「でも,神戸から総社までは時間がかかるでしょう?間に合うか心配で…」
亜里沙は不安でいっぱいだった。
「大丈夫だ。俺はできるだけ早く向かう。それまで、何とか時間を稼いでくれ」
山田の言葉に、亜里沙は少し安心した。
村上はいつも夜の6時に帰宅し、食事をする。亜里沙は彼が帰宅したら、素知らぬふりをして普段通りに振る舞うことを決めた。6時から9時までの3時間が勝負だ。彼女は必死で考え、ある計画を思いついた。
「村上さんはコーヒーが好きで、食後に必ず飲む…」
亜里沙はコーヒーに目をつけた。彼女はいつもコーヒー豆を挽いてコーヒーを淹れていた。今日は少し苦いコーヒーを淹れることにした。
「苦いコーヒー…それで時間を稼げるかもしれない…」
亜里沙は心の中でつぶやいた。

第5章「最後の晩餐」

亜里沙は夕食の準備をしながら、心の中で計画を練っていた。村上はいつも通り、夜の6時に帰宅する。彼女は普段通りに振る舞い、時間を稼ぐことができれば、山田が到着するまで持ちこたえられるかもしれない。
「今夜が勝負だ…」
亜里沙は心の中でつぶやき、冷静さを保とうとした。
6時ちょうどに、村上が帰宅した。彼はいつも通り、穏やかな表情で亜里沙に声をかけた。
「ただいま。今日も一日お疲れ様」
村上の声には、どこか優しさがにじんでいた。
「おかえりなさい。食事の準備ができているわ」
亜里沙は微笑みながら答えた。彼女の心は恐怖でいっぱいだったが、必死で平静を装った。
二人は食卓に着き、普段通りに食事を始めた。亜里沙は村上の様子を観察しながら、時間が過ぎるのを待った。
食事が終わり、亜里沙はコーヒーを淹れた。彼女は少し苦いコーヒーを用意し、村上の前に置いた。
「今日のコーヒーは少し苦いかもしれないけど、試してみて」
亜里沙は微笑みながら言った。
村上はコーヒーを一口飲み、少し眉をひそめた。
「うん、確かに少し苦いね」
彼はそう言いながらも、コーヒーを飲み続けた。
亜里沙は心の中で祈った。山田が早く到着することを願いながら、時間が過ぎるのを待った。
時計の針はゆっくりと進み、9時が近づいていた。村上の様子は少しずつ変わってきた。彼は時計を気にするようになり、落ち着きを失っているように見えた。
「そろそろ、暗室に行かないと…」
村上が立ち上がり、亜里沙に声をかけた。
「暗室?何をするの?」
亜里沙は冷静を装いながら尋ねた。
「ああ、趣味の写真の現像だ。今日は特別なんだ」
村上の声には、どこか緊張がにじんでいた。
「そうなの…私も見ていい?」
亜里沙は村上の目をじっと見つめた。
「いや、それは…ちょっと…」
村上は言葉を濁し、亜里沙から目を逸らした。
その時、亜里沙は決意を固めた。彼女は村上を心理的に追い詰めることにした。
「源三郎さん、実は私には隠していることがあるの」
亜里沙は真剣な表情で村上を見つめた。
「どうしたんだい、急に…」
村上の声には、どこか不安がにじんでいた。
「私は過去に看護婦をしていて、医者と親しかったの。その医者から、証拠を残さずに人を殺す毒薬のことを教えられたの」
亜里沙の声は冷静で、村上の表情が一瞬凍りついた。
「何を言っているんだ…?」
村上の声は震えていた。
「その毒薬は病院の薬局にあったの。私は医者を籠絡して、それを手に入れたわ」
亜里沙は村上の目をじっと見つめながら、話を続けた。
「その後、私は裕福な老人と結婚したの。彼は私のために多額の生命保険をかけてくれた。ある夜、彼は食後のコーヒーを飲んだ後、『少し苦いね』と言って、しばらくして息ができなくなって死んだの」
村上の顔は蒼白になり、手が震え始めた。
「死因は急な心臓発作だとされたけど、実は私がコーヒーに毒を入れたの。少し苦かったのは、毒を隠すためだったわ」
亜里沙はにっこりと笑いながら、村上を見つめた。
「その後、私はまた裕福な老人と結婚したの。彼も同じようにコーヒーを飲んで死んだわ。私は二人の男を殺して、遺産を受け継いだの」
村上の顔から血の気が引き、彼は椅子にがっくりと座り込んだ。
「今日のコーヒーが少し苦かったのは、そのせいか…?」
村上の声はかすれ、彼は立ち上がろうとしたが、足が震えて動けない。
「あなたはもう動けないわ」
亜里沙は冷静に言い放った。
「おのれ、コーヒーに毒を入れたな…!」
村上は叫びながらも、体が思うように動かない。
「あなたはもう動けないの」
亜里沙は再び言い、村上を見下ろした。
その時、村上の顔が歪み、彼は胸を押さえながら苦しみだした。
「うっ…胸が…苦しい…」
村上の声はかすれ、彼は椅子から滑り落ちた。
「源三郎さん!」
亜里沙は叫びながらも、村上に手を差し伸べなかった。
村上の体は痙攣し、やがて動かなくなった。彼の目は虚ろで、息は止まっていた。
その時、外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。山田が警官を伴って鶯荘に駆け込んできた。
「井上さん、大丈夫か!?」
山田は亜里沙に駆け寄り、彼女を抱きしめた。
「大輔さん…」
亜里沙は涙を流しながら、山田に抱きついた。
「もう大丈夫だ。これで終わりだよ」
山田は優しく亜里沙を抱きしめた。

エピローグ

村上源三郎の死体は司法解剖にかけられたが、死因は毒殺ではなく、恐怖とショックによる心臓発作だった。亜里沙の話した内容は全て作り話であり、彼女の過去も調べられたが、何の問題も見つからなかった。山田の証言もあり、亜里沙は無事に釈放された。
村上源三郎が実は連続殺人犯の村上健一であることが明らかになり、米国の警察に連絡が行った。米国では再捜査が行われ、行方不明だった女性たちの遺体が発見された。
亜里沙は村上の遺産を相続し、山田と結婚した。二人は鴬荘をそのまま残し、週末には別荘として使っている。庭師の佐藤にはまた来てもらっている。
夜になると、鴬の声が聞こえる。その声は、どこか物悲しくもあり、亜里沙の心に深く響いた。