さる2016年5月15日(日)、グランフロント大阪・ナレッジサロンにてシンギュラリティ・サロン「第16回公開講演会」を開催しました。
今回の講演者は、理化学研究所情報基盤センター長の姫野龍太郎さん。京都大学工学研究科修了後、日産で数値流体シミュレーションに携わり、その後、理化学研究所で、生体力学シミュレーション(人体などを対象とした力学シミュレーション)、スーパーコンピューター“京”の開発を主導されてきました。
現在は、コンピューターの開発と並行して、人体の制御への関心を深めているといいます。姫野さん曰く、「『脳が外界の刺激を受けて学習発達する』ことを考えれば、身体の動きの制御と脳シミュレーションはセットである」。
講演では、ジャイロボールの空気抵抗計算、スーパーコンピューター“京”による脳神経回路シミュレーション、プロ野球選手のピッチングフォームの解析、そば打ち職人の動作解析をお話されました。
以下、姫野さん視点の文章でまとめました。
ジャイロボールの空気抵抗計算
まず、野球のボール周囲の空気の流れの詳細な解析を行った。計算の最中、二種類の回転で空気抵抗が異なることを導き出したが(回転軸を横から見た場合に一回転で縫い目が二本現れるツーシームジャイロ、一回転で縫い目が四本現れるフォーシームジャイロ)、ジャイロボール用のピッチングマシンを使用した実際の実験では、なかなかその差を有意に測定できなかった。
精査の結果、ボールの受ける空気抵抗はボールの縫い目の高さに影響し、ボールの個体差(=縫い目の高さの違い)が、二つの回転の違いの検出を難しくしていることがわかった。ボールを製造する会社に「縫い目の高さが揃ったボールが欲しい」と伝えたところ、「同じ人が縫ったボールの縫い目の高さは同じになる」と聞かされ驚いた。
スーパーコンピューター“京”による脳神経回路のシミュレーション
2006年から2009年にかけて、スーパーコンピューター“京”の開発グループにグループディレクターとして参加した。最近の“京”の成果として、2013年に、当時世界最大規模(神経回路十兆個=ヒトの脳の1/100=カニクイザルの脳)の脳神経回路シミュレーションを行ったことがある。ベンチマークテストの結果、カニクイザルの脳の10秒程度の計算をシミュレートするために、“京”全体のシステムで数時間かかることがわかった。
ヒトの脳の計算をするには京の100倍程度のスーパーコンピュータができれば可能であり、ポスト京プロジェクトで開発するスーパーコンピュータはこの性能規模となっており、完成を楽しみにしている。
プロ野球選手のピッチングフォームの解析
現役20年目(被験者A)と現役2年目(被験者B)の2人の投手のピッチングフォームを、モーションキャプチャーを使って測定比較した。被験者Bはボールを放る際、腕の動きの寄与が著しく大きいのに対し、被験者Aは体幹部分の動きと腕に分散していた。体幹部分の筋肉は腕に比べ大きいため、この部分の寄与が大きいことは、長時間の負荷低減や故障の予防などにつながると考えられる。また実際に、筋肉を動かすエネルギーの何パーセントがボールの運動エネルギーに変換されたかを計算すると、被験者Aが5%以上、被験者Bで4%となり、体幹部分を使用したフォームの変換効率が大きいことがわかる。
そば打ち職人の動作の解析
ある蕎麦屋で上のピッチングフォームの話をしていたら、店主が偶然それを聞いていて、そば打ちの動作の解析に応用できないかという話になった。実際の測定は、名人、弟子、ハイアマチュアの3名にモーションキャプチャーをつけてのそば打ちをしてもらって比較した。そば打ちには様々な工程があるが、測定結果として、名人の動作は弟子に比べて、全体を通して、1.弱いが一定した力で、2.繰り返しの回数が多く、3.体幹部分の分担率が大きいという特徴が得られた。
今後の展望
このような「ヒトの動作」のデータの測定手法を、高齢者のトレーニングの最適化などへ応用できないかと考えている。
(報告:安田 創)
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*講演資料: