第1回シンギュラリティシンポジウム ⑥「エクサスケーラーからプレ・シンギュラリティへ」齊藤元章

次世代スパコン開発は2年4カ月、汎用人工知能開発は1年目、次世代AIエンジン開発に着手したのは6カ月と短いが、本日は無礼講ということでお話したい。私は「やらないからできない」「無いものは自分達で作る」を旨としてやってきている。

人類が手にしたことがなかった「最強の科学技術基盤」を、我々は間もなく手に入れることになる。今日はこのような内容を、皆さんに頭に残して帰って頂けたらと思う。私の考えるところでは、この基盤は次世代AIエンジンと次世代スパコンの連携によって生まれてくる。

スパコンを開発する理由

なぜ我々のようなベンチャー企業がスパコンを開発するのか。この図はexponential(注:指数関数的な)なカーブ(収穫加速の法則)。25万年の人類の歴史のうち、直近2万年をプロットしたもの。農耕が始まり、文明が起こり、近代史が始まり、系統だった科学史が確認され、産業革命が起こり、情報通信革命、インターネット革命へと続く。シンギュラリティは、このあたりに到達する点である(カーブの頂点)。

これからどうやってシンギュラリティに向かっていくのか?私は2045年ではなく、もしかしたら2030年よりも前だと考えている。これから情報通信革命、インターネット革命に匹敵するような革命的事象が多発する。この状況の変化への準備と覚悟が必要であり、これを次世代スパコンで担いたい。これが、我々がスパコンを開発している理由である。

不老の解明とその実現も近い将来に起こる。昨年末、念願だった不老の女性の墓参りをしてきました。ブルック・メーガン・グリーンバーグさんは、1歳6カ月児の状態のまま20年の生涯を閉じた。彼女の身体は、新陳代謝は起こっているが、18年半も乳児の状態を維持した。遺伝子的な異常を含めて、一切の異常が現代医学では認められなかった。明らかなことは、彼女は我々成人と同じ60兆個もの細胞で構成されていたということ。生命科学的には1歳半の人間は成人と同じ60兆個の細胞を持つ。たんぱく質、代謝のレベルを解明することで不老の原因は究明できる。結果、人類史上で不老の唯一の事例であるブルックさんの状態は、科学的に再現できることになる。我々が開発中の次世代スパコンと、このあと説明する新しい科学技術基盤をもってすれば、5年から10年でこの謎を解明できて、同時に再現する手法も理解される。

「中国一強」時代の到来

「グランドチャレンジ(人類の重大課題)」を紹介したい。エネルギー問題、食糧問題、軍事と安全保障問題、医療と生命科学、公害・天災だ。これは、とある国が解決しないといけない問題だと明確に掲げている。その国は中国である。

先頃ドイツで開催されたISC2016では、中国純正のスパコン「神威太湖之光」の話題でもちきりだった。6期連続、3年間も世界1位に君臨したスパコン「天河二号」も実は中国に設置されたスパコンであった。最新の中国純正スパコンは、消費電力効率でも世界上位に食い込んでおり、GREEN500で3位に入っている、1位の日本の私どものShoubuと比べてもその性能は1割しか差が無い。3位以下13位までの全て、25位まででみても21台が中国内で稼働するスパコン。さらに中国は、運用台数でも世界一になった。先ごろ発表された最新世界ランキング「TOP500」では中国はコンピュータ史上初めて、スパコン国別台数シェアにおいてついに米国を抜いて1位となった。今後も3分の2、少なくとも過半数にのせてくるだろうと予測されており、「中国一強」時代が現実味を帯びてきている。

さらに中国は半導体に関しても、非常に積極的な投資を継続している。世界で19もの最新の半導体工場を建設(内10は中国)、国内自給率を高めるために10兆円を投じている事実がある。同時にスパコンを使いこなすソフトウェア技術者も養成中で、対人口比率で中国対日本では5対1、総数では50対1。科学技術分野での覇権を固めるための「ヒト・モノ・カネ・技術」の全てを中国が有しており、かつ集中的に投下していることを、我々も認識する必要がある。

人工知能の本質と第一の大分岐

我々が来年の稼働を予定しているスパコンは、100ペタフロップス(1台で「京」の10倍)を超える性能である。このスパコンは探索・解析・モデリング・シュミレーションができる。その中で、脳の解明にも着手している。電通大の山崎先生と一緒に、まずは小脳からということで猫の人工小脳をスパコン上で初めて実装して、これも初めてリアルタイム動作させた。今後は猫からヒト、小脳から大脳にもっていくことを当然、考えている。スパコンだけでなく、現在より1,000倍もの性能を持つAI専用エンジンの開発にも着手した。6月に設立した新会社のDeep Insightsで1年半以内の完成を目指している。PEZYグループもディープラーニングブームに乗っている、ということではない。私は「新」産業革命と呼んでいるのだが、我々は人工知能のポテンシャルを相当、過小評価している気がしている。

人工知能が処理可能であるのは人間が前処理した情報である、とされているがこれは大きな誤解あるいは人間のおごりではないか。今は処理能力が足りないだけで、本来は情報の前処理部分こそ、実は人工知能が得意とするところである。「旧」産業革命で人間や家畜の肉体労働と生産が置換された。今回は知的労働と生産が置換されるとされているが、これは本質ではない。更には、人間が行えない高度で複雑な知的労働・生産・作業が、人工知能によって行われる。しかも我々の想像を絶する規模と速度で、である。こちらのほうがはるかに重要で、かつ本質であろう。

以上のことから、我々は人工知能エンジンの開発も始めた。なぜ別会社を設立したのかとよく質問されるが、これはAIエンジンとスパコンの開発の方向性が真逆だからである。スパコンは倍精度浮動小数点演算が最低でも必要で、今後は多倍長演算が必要になっていくが、AIエンジンは単精度浮動小数点演算が基本。半精度、1/4精度でよい場合もあり、ビット演算でも十分な事例報告も出てきている。これを実現するために1チップで100万コア、100TB/s、DRAM一体、100Wの積層型半導体エンジンを1年半で製品化していきたい。

これを開発する理由は自明である。旧産業革命でジェームズ・ワットが蒸気機関を開発し、自国内で普及できた。その結果、イギリスが第一の大分岐の覇権国家となったからだ。人工知能による新産業革命の実現とリーディングが必要であるなら、人工知能エンジンが絶対に必要。強力なエンジンをいかに短期間に、どの国に普及させるかで、非常にクリティカルな状況が生じるという認識だ。そのため日本国内で作り、普及させていきたいと考えている。

「新」産業革命とコネクトームの進化段階

私はこれをシンギュラリティ実現のための方法論としても使っていきたい。1,000倍高速なAIエンジンでは仮説を立案することも可能で、新産業革命の実現が可能。1,000倍高速な次世代スパコンでこの仮説の検証をすることで争いをなくし、お金をなくし、不労/不老といった社会を生みだす前特異点の創出が可能。この仮説の立案と検証のループ、即ち最強の科学技術基盤を回すことで、我々の最大の目的である脳機能の解明とマスターアルゴリズムの解明ができる。その結果として汎用人工知能が生みだされる。これが特異点の創出につながると考えている。

カーツァイルの情報基軸の6つの進化段階は、今見返しても卓越した発想であると、その度に思い知らされる。進化は「情報の秩序を増すパターンを作り出すプロセスである」として、人類が技術を生み出して活用している現在は第4の進化段階であり、第5の進化段階は「技術と人類の知性が融合する」、最終の第6段階は「知性が宇宙に満ち渡る」としている。私はこの「知性が宇宙に満ち渡る」が意味するところが長い間、解らなかった。今は、コネクトームを基軸とした6つの進化段階というものを独自に考えている。進化とは「コネクトームの階層と複雑さを増幅するプロセスである」という発想である。第1は線虫レベルの「原始コネクトーム」、第2は「人間の脳」のレベルのコネクトーム、第3は「人類全体の脳」で人間の脳を1つの神経細胞と見立てた、73億Hではない膨大な規模の地球全体レベルのコネクトーム。第4は「銀河全体の知性」で地球を1つの神経細胞と見立てた、AGIの次のASIでも太刀打ちできない銀河系レベルのコネクトーム、第5は1,500億個もの銀河からなる宇宙スケールのコネクトームによる「宇宙全体の知性」で、これがカーツァイルの第6段階の状態に相当すると考えるに至った。最終の第6段階は「超宇宙知性」。我々の存在する宇宙空間を超えて並行宇宙や、異次元宇宙と接続されたコネクトームの更なる最終形も予測することができる。

こうしてコネクトームのプロセスを並べてみると、人類にはまだまだ進化の余地が大きく残されており、人類は当然にさらに進化しないといけないと思う。シンギュラリティがきた後をどうするのか。人間は知性の高座から降りないといけないのか。そんなことはなくて、我々には見ていかなければならない将来、進化の可能性が沢山ある。

特異点創出までの工程

ここで、具体的な工程を示したい。新医療創出のために、新会社をもう1つ設立した。次世代のAIエンジンと次世代のスパコンで仮説の立案と検証を行い、仮説を理論にそして理論から概念を生みだせることをこの新会社で実証したい。医療分野でよいパートナーが見つかったので、ガン細胞の分析から入る。実際にこの仮説検証モデルを用いて、キュレーションシステムを回していく。日本の医療分野において遅れているのがこのキュレーション分野だ。アメリカの会社に委託しているのが現状のため、日本独自のキュレーションシステムを、実際の「最強の科学技術基盤」の初の社会実装例、応用事例として回していきたい。

次世代スパコンは、既存のグループ3社共同で開発中である。予算が確保できれば2017年6月にも100ぺタフロップスの性能のものを動かしたい。これができると人工知能開発にもフィードバックできる。仮説の立案まで行える新しい人工知能エンジンは、2018年中には作りたい。これができるといろんな展開が可能となる。まず、ノイマン型にとどまるがニューロモフィックなハードウェア、即ち汎用人工知能のプロトタイプを作りたい。非ノイマン型の前段階として、コネクトームの機能を実現したい。これは要素技術の検証プラットホームとしてのプロトタイプを作ることを意味する。続いて早ければ2018年中、遅くとも2019年には1エクサフロップス級のスパコンを開発できると思っている。これができるとマスターアルゴリズムの研究とモデル構築に、かなり寄与できるのではないかと思っている。これらが進んでいく中で、汎用人工知能を2025年から2030年頃までに、なにがなんでも作っていきたいと思っていて、これが特異点創出につながると確信している。これらは一見すると全く異なる要素技術でありながらも、その8割は共通技術であり、日本国内で開発と製造が可能だ。非常に幸運なことにこれらの技術は全て、日本国内にある。海外で探しても得られない要素技術がこれらを構成している点で、日本が素晴らしい国だと日々痛感している。同時に、そうであれば日本がこれを突き進めていかなければいけない。特異点を創出するのも、汎用人工知能を作り出すのも、我々日本人でなければいけないのではないかと考えている。

来年中の100ぺタフロップス超のスパコンの開発は、技術的には可能なものの予算措置はこれからの話。先ごろ麻生副総理兼財務大臣が理研でShoubuとSatsukiを御視察下さり、御見識を深めていただいた。これを機に、よい方向に向かえばいいなと思っている。

株式会社PEZY Computing 創業者・代表取締役社長 齊藤 元章

(報告:とりやま みゆき)

—————–
*講演資料: