AI小説「柴犬コタロウとフミさんの物語」

柴犬コタロウとフミさんの物語

松田卓也+Gemini 2.5 Pro

挿絵:GPT-4o

僕の家の近所に、佐藤フミさんというお婆さんが一人で暮らしていた。数年前にご主人を亡くされてからは、文字通り一人きりの生活だった。フミさんには心臓に持病があり、それが遠方に住む娘さんたちの心配の種だった。けれどフミさんは、「大丈夫、大丈夫」といつも笑っていて、僕なんかが見ても、とても矍鑠(かくしゃく)としていた。
そんなフミさんの傍らには、いつも一匹の柴犬がいた。名前はコタロウ。赤みがかった茶色の毛並みがつやつやした、賢そうな顔立ちの雄犬だった。室内で飼われていて、フミさんの行くところには、いつもコタロウが影のように寄り添っていた。散歩の時間になると、フミさんにリードを引かれ、嬉しそうに尻尾を振って歩くコタロウの姿は、近所ではお馴染みの光景だった。

ある夏の日の午後、事件は起こった。
「ワンワン!ワンワン!」
けたたましい犬の鳴き声が響き渡った。普段は無駄吠えなどしないコタロウの声だ。ただ事ではない様子で、家の周りを駆け回り、道行く人に吠えかからんばかりの勢いだった。
「どうしたんだ、コタロウ?」
「フミさんのお宅の方からだぞ」
異変に気づいた近所の人たちが、フミさんの家に駆けつけた。玄関の戸は開いていたが、中の様子がおかしい。声をかけても返事がない。恐る恐る中を覗くと、居間でフミさんが倒れていたのだ。
「フミさん!しっかりしてください!」
誰かが叫び、すぐに救急車が呼ばれた。フミさんは心臓発作を起こしていた。コタロウが異常を察知し、近所の人に知らせようと必死で吠え回っていたのだ。迅速な対応のおかげで、フミさんは病院に搬送され、緊急手術を受けて一命を取り留めた。まさに、コタロウのお手柄だった。

フミさんが入院している間、コタロウは僕の家で預かることになった。祖父が、「わしが見てやる」と申し出たのだ。最初は戸惑っていたコタロウも、祖父の優しい世話に次第に心を開き、寂しそうな表情を見せながらも、フミさんの帰りをじっと待っていた。散歩に連れて行くと、いつものフミさんの家の前で立ち止まり、クンクンと鼻を鳴らすのが常だった。
一ヶ月後、無事に退院したフミさんが家に帰ってくると、コタロウは全身で喜びを表現した。飛びつかんばかりに駆け寄り、フミさんの顔を舐め、尻尾はちぎれんばかりに振られていた。その光景を見て、僕も祖父も、近所の人たちも、皆、涙ぐんだ。

それから数年の歳月が流れた。フミさんは以前より少し足腰が弱くなったようだったが、それでもコタロウとの散歩は欠かさなかった。二人の絆は、あの日以来、さらに深まったように見えた。
ある冬の日のことだった。昼過ぎになっても、フミさんの家の雨戸が開かないことに、隣の家の奥さんが気づいた。新聞も郵便受けに入ったままだ。胸騒ぎを覚えた奥さんは、フミさんの娘さんに連絡を取った。娘さんもすぐに駆けつけ、近所の人たち数人と一緒に、勝手口から家の中に入った。
寝室の布団の上で、フミさんは眠るように亡くなっていた。苦しんだ様子は全くなく、とても安らかな顔をしていたという。
そして、その枕元には、コタロウも静かに横たわり、息絶えていた。
コタロウは、まだそれほど老犬という年齢ではなかった。獣医の見立てでも、特に悪いところがあったわけではないらしい。それなのに、まるでフミさんの後を追うように、同じ時に旅立っていったのだ。

「コタロウは、フミさんと一緒に逝くって決めてたんだな」
「自分の寿命を分かっていて、フミさんに合わせたんだ」
近所では、そんなふうに囁かれた。まるで自分の命をコントロールするかのように、大好きな飼い主と共に最期の時を迎えた忠犬コタロウの話は、ちょっとした伝説のように語り継がれている。
僕には、コタロウが自分の意志で命を終えたのかどうかは分からない。でも、フミさんのいない世界で生きていくことなど考えられなかったのだろう、ということだけは、確かな気がした。深い愛情で結ばれた一人と一匹の、静かで美しい最期だった。