松田先生による小説

AI小説「夢一夜」

夢一夜

松田卓也+Gemini 2.0 Pro (experimental)

第一章:衣の海、涙の紅

夕闇が迫る部屋に、焦燥の色が満ちていた。大林麻美は、乱雑に広げられた衣の海を前に、小さく息を吐いた。絹の滑らかな感触、紗の透けるような軽やかさ、絽の涼しげな風合い。色とりどりの着物たちが、まるで意思を持つかのように、彼女の選択を拒んでいる。
今夜は、玉田琢彌教授との逢瀬の日。京都の大学を卒業して二年、まさか恩師である彼とこのような関係になるなど、夢にも思わなかった。
麻美が玉田教授の講義を初めて受けたのは、大学二年の春だった。薄暗い大講義室、スクリーンに映し出される『源氏物語絵巻』の絢爛な世界。そして、その世界を解き明かす、玉田教授の静謐でありながら情熱を秘めた声。
「光源氏が、藤壺の宮に抱く思慕の念。それは、決して叶うことのない禁断の愛。しかし、だからこそ、その想いは、より一層強く、美しく燃え上がるのです」
教授の言葉は、まるで魔法のように麻美の心を捉えた。古文の授業は得意ではなかったが、彼の講義だけは、一言一句逃すまいと、必死に耳を傾けた。
いつしか、麻美の心に芽生えた淡い恋心。それは、尊敬と憧憬が入り混じった、複雑な感情だった。しかし、教授との間には、越えられない一線があることを、麻美は十分に理解していた。
卒業後、麻美は京都の出版社に就職した。仕事は忙しかったが、充実した日々を送っていた。しかし、心のどこかに、ぽっかりと空いた穴があるような気がしていた。
そんなある日、大学時代の友人との飲み会で、偶然、玉田教授と再会した。彼は、以前と変わらず穏やかな笑みを浮かべ、麻美に声をかけてきた。
「大林さん、お元気でしたか? 今でも、源氏物語はお好きですか?」
その言葉をきっかけに、二人の距離は急速に縮まった。何度か食事を重ねるうちに、麻美は、教授が妻を亡くし、一人暮らしをしていることを知った。そして、彼もまた、麻美に特別な感情を抱いていることに気づいた。
しかし、今夜の逢瀬は、これまでとは違う。互いの想いを確かめ合った、初めての夜になるのだ。
だからこそ、麻美は、着ていく服を選ぶことができない。どの着物も、今の自分の気持ちを表しているようで、同時に、何か違うような気がしてならない。
苛立ちに、思わず唇を噛む。ふと、手鏡に視線を落とすと、そこに映る自分の顔は、緊張と不安で強張っていた。
「私、ほんのり涙ぐむ……」
歌詞の一節が、不意に脳裏をよぎる。そう、これは、喜びだけではない。禁断の恋に足を踏み入れることへの、恐れと、後ろめたさ。そして、この恋が、決して長続きしないであろうことへの、予感。
麻美は、深い溜息をつき、もう一度、衣の海に手を伸ばした。

第二章:夢一夜、咲く花

タクシーを降りると、そこはひっそりとした路地の奥。古都の風情を色濃く残す、隠れ家のような料亭だった。暖簾をくぐり、玉砂利を踏みしめて奥へと進む。麻美の足取りは、期待と緊張でわずかに震えていた。
通されたのは、離れの個室。窓の外には、手入れの行き届いた日本庭園が広がり、灯籠の淡い光が、水面に揺らめいている。床の間には、紫式部の掛け軸。その視線は、優しく、そしてどこか憂いを帯びているように見えた。
「麻美さん」
低い声が、麻美の名を呼んだ。振り向くと、玉田教授が静かに微笑んでいる。彼は、いつもより少しくだけた、薄墨色の着物姿だった。
「…先生」
麻美は、小さく息を呑んだ。教授の姿を目にした瞬間、さっきまでの緊張が、ふっと解けていくのを感じた。
二人は、向かい合って座った。仲居が、手際よく料理を運んでくる。先付け、椀物、お造り…。どれも、旬の食材をふんだんに使った、目にも美しい品々だった。しかし、麻美の胸は、料理の味を楽しむ余裕などなかった。
「麻美さん、今日は、この着物を選ばれたのですね。とても、よくお似合いです」
玉田教授が、麻美の着物に目を留めた。それは、深い藍色地に、白い萩の花が散りばめられた、絽の着物だった。
「…ありがとうございます。先生に、お会いするのに、何を着ていけばいいのか、とても悩んでしまって…」
「ふふ、そうですか。でも、この萩の花は、今の季節にぴったりですね。『源氏物語』にも、萩はよく登場します。特に、『野分』の帖では…」
教授は、いつものように、穏やかな口調で、源氏物語の解説を始めた。夕霧が、紫の上に恋心を打ち明ける場面。激しい風雨の中、萩の花が乱れ咲く庭。その情景が、まるで目の前に広がるように感じられた。
麻美は、教授の言葉に耳を傾けながら、そっと彼の手を見つめた。節くれだった、少し無骨な手。その手で、彼は、数えきれないほどの書物を紐解き、数えきれないほどの言葉を紡いできたのだ。
「…先生」
気づけば、麻美は、教授の手を握っていた。彼の指は、ひんやりと冷たかった。
「麻美さん…」
玉田教授は、麻美の目をじっと見つめた。その瞳の奥には、深い愛情と、そして、どこか諦めに似た感情が宿っているように見えた。
「…一夜限り、…一夜限りに咲く花のよう匂い立つ…」
麻美は、震える声で、あの歌詞の一節を口ずさんだ。
玉田教授は、何も言わず、ただ、麻美の手を強く握り返した。
その夜、二人は、言葉を交わす代わりに、互いの温もりを確かめ合った。それは、まるで、夢のような、儚くも美しい、一夜限りの花だった。

第三章:無駄なこと、拒めない誘い

翌朝、麻美は、見慣れた下宿の天井を見上げていた。隣に、玉田教授の姿はない。昨夜の出来事が、まるで遠い昔のことのように感じられた。
体を起こすと、昨夜の余韻が、まだ全身に残っているのを感じた。しかし、それと同時に、言いようのない虚しさが、じわじわと胸に広がっていく。
(…恋するなんて、無駄なことだ…)
麻美は、心の中で、何度もそう繰り返した。相手は、大学時代の恩師。年齢も、立場も、違いすぎる。この関係が、長く続くはずがないことは、最初から分かっていた。
それでも、麻美は、玉田教授との逢瀬を、心から楽しんでいた。彼の博識さ、穏やかな人柄、そして、時折見せる少年のような無邪気さ。その全てが、麻美の心を捉えて離さなかった。
「麻美、最近、なんか変わった?」
昼休み、会社の同僚である美咲が、麻美の顔を覗き込んだ。美咲は、大学時代からの親友で、麻美の良き相談相手でもある。
「…そうかな?」
麻美は、曖昧に笑ってごまかした。しかし、美咲は、鋭い視線を麻美に向けたまま、言葉を続けた。
「うん、なんか…色っぽくなったっていうか。…もしかして、彼氏できた?」
「…違うよ」
麻美は、首を横に振った。しかし、その声は、わずかに震えていた。
「ふーん…まあ、いいけどさ。でも、あんまり無理しちゃダメだよ。恋は盲目っていうけど、時には、冷静になることも必要だからね」
美咲の言葉は、麻美の胸に深く突き刺さった。そう、分かっている。この恋は、無駄なことだ。傷つくだけだと、分かっている。
それでも、麻美は、玉田教授からの誘いを拒めない。彼の声を聞くだけで、彼の姿を見るだけで、心が満たされるのを感じてしまう。
その日の夕方、麻美のスマートフォンが鳴った。画面には、「玉田琢彌」の文字。
(…また、誘われる…)
麻美は、一瞬、ためらった。しかし、結局、電話に出てしまう。
「もしもし…」
「麻美さん、今夜、少しお時間ありますか?」
玉田教授の声は、いつもと変わらず、穏やかだった。しかし、麻美には、その声が、甘い毒のように感じられた。
「…はい、少しなら…」
麻美は、絞り出すように答えた。その声は、自分でも驚くほど、か細かった。
電話を切った後、麻美は、深い溜息をついた。鏡に映る自分の顔は、どこか疲れて見えた。
(…私は、どうしたいんだろう…)
麻美は、自分自身に問いかけた。しかし、その答えは、まだ見つからない。ただ、一つだけ確かなことは、このままではいけない、ということだった。

第四章:灯の下の微笑み、影の泣きぼくろ

再び、あの料亭の個室。麻美は、前回よりも落ち着いた心境で、玉田教授と向かい合っていた。何度か逢瀬を重ねるうちに、緊張は薄れ、代わりに、より深い愛情が芽生えていた。
今夜の麻美は、白地に淡い紫陽花が描かれた着物を選んだ。雨上がりの庭を思わせる、しっとりとした風情。それは、今の麻美の心境を表しているようだった。
「麻美さん、今日は、紫陽花の着物なのですね。雨に濡れた姿も美しいですが、こうして晴れ間から顔を覗かせる姿も、また趣があります」
玉田教授は、そう言って、優しく微笑んだ。彼の言葉は、いつも麻美の心を温かく包み込む。
「…先生は、いつも、私の着物を見ていてくださるのですね」
「ええ。麻美さんの着る物は、いつも、その時々の心情を表しているようで、興味深いのです」
玉田教授は、そう言うと、静かに盃を傾けた。彼の横顔は、いつもより少し疲れているように見えた。
麻美は、そっと手鏡を取り出し、自分の顔を映した。灯の下で、微笑んでいるはずなのに、目の下の泣きぼくろが、影を集めているように見える。
「…先生は、源氏物語の中で、どの女性がお好きですか?」
麻美は、不意に、そう尋ねた。玉田教授は、少し驚いたような顔をしたが、すぐに、穏やかな笑みを浮かべた。
「そうですね…私は、朧月夜が好きです」
「朧月夜…」
麻美は、小さく呟いた。朧月夜は、光源氏の愛人でありながら、彼の兄である朱雀院にも心を寄せる、奔放な女性。
「彼女は、奔放で、自由奔放な女性ですが、その根底には、深い孤独を抱えている。私は、その孤独に、惹かれるのです」
玉田教授の言葉に、麻美は、ハッとした。そう、彼もまた、孤独を抱えているのだ。妻を亡くし、一人で生きていくことの寂しさ。そして、麻美との関係が、困難なものであることの自覚。
「…先生は、寂しいですか?」
麻美は、思い切って、そう尋ねた。玉田教授は、少しの間、黙っていたが、やがて、静かに口を開いた。
「…ええ、寂しいです。でも、麻美さんに会うと、その寂しさが、少しだけ、癒されるのです」
その言葉に、麻美の胸は、締め付けられるように痛んだ。彼もまた、自分と同じように、苦しんでいるのだ。
「…先生、私も…」
麻美は、玉田教授の手を握った。彼の指は、前回よりも、さらに冷たく感じられた。
その夜、二人は、いつもより多く言葉を交わした。源氏物語のこと、お互いの過去のこと、そして、未来のこと…。しかし、未来の話は、いつも、どこか空虚に響いた。
別れ際、玉田教授は、麻美の頬に、そっと口づけた。その唇は、温かく、そして、どこか悲しげだった。

第五章:一夜限り、大人への階

それから、何度か逢瀬を重ねた後、麻美は、玉田教授に別れを告げる決心をした。 このまま関係を続けても、お互いを、そして玉田教授の家族を傷つけるだけだと、悟ったからだ。
最後の逢瀬の日、麻美は、薄紅色の無地の着物を選んだ。それは、まるで、未練を断ち切るかのような、潔い色だった。
いつもの料亭、いつもの個室。しかし、今夜の空気は、いつもと違っていた。どこか張り詰めたような、それでいて、静謐な空気が、二人を包み込んでいた。
「先生、今日、お話があります」
麻美は、静かに切り出した。玉田教授は、何も言わず、ただ、じっと麻美を見つめている。
「…私たち、もう、会うのは終わりにしましょう」
麻美の声は、震えていた。しかし、その瞳は、まっすぐに玉田教授を見据えていた。
玉田教授は、しばらくの間、黙っていた。その顔には、驚きと、悲しみと、そして、どこか安堵にも似た感情が浮かんでいた。
「…そうですか。…実は、私も、そう思っていました」
彼は、静かにそう答えた。その声は、いつもより少し低く、かすれていた。
「…麻美さん、あなたを愛しています。しかし、私には、子供たちがいる。あの子たちは、まだ、母のことを忘れられない。…あなたとの関係を、公にすることはできないのです」
玉田教授の言葉に、麻美は、深く頷いた。彼の苦しみは、痛いほど理解できた。
「…分かっています。先生。…だから、私は、身を引くのです。…私は、先生の愛人として、影で生きることはできません。…私は、自分の人生を、自分の足で歩きたいのです」
麻美は、涙をこらえながら、言葉を続けた。
「…麻美さん…」
玉田教授は、麻美の手を握った。その手は、震えていた。
「…先生、私は、先生を愛していました。でも、この恋は、私を大人にしてくれました。…私は、もう、大丈夫です」
麻美は、そう言って、微笑んだ。その笑顔は、悲しみと、そして、未来への希望が入り混じった、複雑な表情だった。
二人は、静かに別れの盃を交わした。窓の外では、秋の虫が鳴いている。その音色は、まるで、二人の別れを惜しむかのように、切なく響いていた。
料亭を出た後、麻美は、一人、夜空を見上げた。空には、満月が輝いている。その光は、優しく、そして、どこか冷たく感じられた。
「…さようなら、先生…」
麻美は、小さく呟いた。その声は、夜の闇に吸い込まれていく。
麻美は、ゆっくりと歩き出した。その足取りは、まだ少しおぼつかない。しかし、その瞳には、確かな光が宿っていた。
「夢一夜」の経験を通して、麻美は、確かに大人になった。失ったものは大きい。しかし、それ以上に、得たものも大きかった。
(…私は、もう、大丈夫…)
麻美は、心の中で、そう呟いた。そして、ゆっくりと、未来へと続く道を歩き出した。その背中には、もう、迷いはなかった。 玉田教授は、麻美を見送った後、一人、部屋に残った。 窓の外の月を見上げながら、彼は静かに涙を流した。 それは、愛する人を失った悲しみと、そして、彼女の未来を祝福する、複雑な涙だった。

AI小説「こころもよう」

こころもよう

松田卓也+ChatGPT

第一章:手紙

 ポストの前で、綾は小さな青い封筒を握りしめていた。手紙を送ること自体、何年ぶりだろう。スマートフォンを開けば、一瞬で誰とでも繋がれる時代に、こんなにも時間のかかる方法を選んだのはなぜか。それは井上陽水の歌「こころもよう」の影響だ。70年台の大ヒットしたフォークソングだが、自分の世代とは全く違う。本来なら接点はない。しかし、たまたまYouTubeで尾崎紀世彦がうたうこの歌を聴いて、感動の虜になったのだ。カバーしている歌手を全部聞いてみた。中澤卓也もいい。私もあの歌詞の通りにペンとインクで手紙を書いてみたい。あの歌の歌詞の通りの心情になっている今は。
 封筒の中には、たった数枚の便箋。インクの匂いがわずかに残る文字たちは、どれも迷いながら書かれた跡がある。書き終わった後、何度も読み返し、そのたびに言葉を削った。それでも、最後まで書き直せなかった一文がある。
 「あなたの笑い顔を今日は覚えていました。」
 なぜ、今日に限って陽介のことを思い出したのか。考えても答えは出なかった。ただ、静かな午後、仕事帰りの電車の窓から雨の降る街を眺めていたとき、不意に蘇ったのだ。あの懐かしい顔、照れたような笑い声。そして、最後に交わした別れの言葉。
 東京に出てきて五年。毎日は忙しく、目の前のことに追われていたはずだった。仕事も順調で、同僚との付き合いも悪くない。それなのに、ふとした瞬間に感じるこの隙間のような感覚は、何なのだろう。
 ──手紙を送ろう。
 そう思ったのは、衝動だった。あの歌の歌詞が衝動的に脳裏に閃いたのだ。いや、歌詞のヒロインになりたかったのかもしれない。
 だけど、書き終えた今、その決断は間違っていなかった気がする。陽介に伝えたいことは何もない。ただ、この寂しさだけを便箋に詰めて、彼に送る。
 「送っても、きっと何も変わらないよ。」
 昼休みに相談したとき、奈津はそう言った。彼女の言葉は現実的で、正しい。返事が来るとも限らないし、陽介にとっては迷惑かもしれない。それでも、綾にとっては大切な行為だった。
 ポストに手を伸ばし、封筒を滑り込ませる。小さな音を立てて、手紙は暗い投函口へと消えた。引き返せない瞬間だった。
 夜、部屋の窓を開けると、雨はまだ降り続いていた。街灯の明かりに照らされた雫が、静かにアスファルトを濡らしている。綾は曇りガラス越しにぼんやりと外を眺めた。
 ──あなたにとって、見飽きた文字が季節の中で埋もれてしまう。
 それでも、今の自分には、この手紙を書くことが必要だった。
 季節は巡り、人は変わる。私も変わる。それでも、変わらないものがあるはずだ。綾は思った。陽介は変わらない・・・はずだ。

第二章:雨の日の記憶

 雨の音が静かに響く。東京の街はグレーに染まり、窓の外には曇りガラス越しにぼやけたネオンが揺れていた。
 綾はカフェの隅の席に座り、スプーンでコーヒーをかき混ぜながら、遠くを見つめる。ポストに手紙を投函したあの夜から、心の中に小さな波紋が広がっていた。
 ──陽介は今、どんなふうに暮らしているのだろう。
 ふるさとの新潟を離れてから、綾はほとんど帰省していない。家族とは電話で話す程度で、昔の友人たちとも疎遠になった。陽介とは、高校を卒業してすぐの頃に何度か連絡を取っていたが、次第にやり取りは途切れ、気づけば五年が過ぎていた。私は変わり過ぎた。
 「何を今さら……。」
 自分で書いた手紙のことを思い出し、綾は苦笑する。送りたかったのは、自分の気持ちの整理だったのかもしれない。だけど、陽介がそれをどう思うのか、想像することすら怖かった。
 「懐かしい顔してるね。」
 ふいに声をかけられ、綾ははっと顔を上げる。奈津だった。彼女はトレンチコートの襟を直しながら、綾の向かいの席に座る。
 「さっきからずっと遠くを見てたよ。何考えてたの?」
 「……昔のこと。」
 奈津は軽く微笑み、テーブルに肘をついた。「やっぱり、陽介くんのこと?」
 綾は驚いた顔をしたが、奈津の視線から逃げるように、窓の外へ目を移した。
 「うん……手紙、送った。」
 「ふうん。返事、来るといいね。」
 奈津の言葉はあくまで軽やかだったが、綾にはそれが妙に現実的に聞こえた。もし陽介から何の反応もなかったら。それとも、思いがけず返事が届いたら。
 「……どっちにしても、少し怖いかも。」
 そう呟くと、奈津は小さく頷き、コーヒーを一口飲んだ。
 雨はまだ降り続いていた。頭の中では「こころもよう」が響いていた。私はヒロインだ。

第三章:陽介の現在

 新潟の朝は、冷たい空気とともに始まった。窓の外には、田畑を覆う霧が広がっている。朝露に濡れた土の匂いが漂い、遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。
 陽介は湯気の立つマグカップを手に取り、静かに息をついた。郵便受けから取り出した一通の手紙が、机の上に置かれている。青い封筒——見覚えのある字。まさか、今になって綾から便りが届くとは。
 彼はしばらくその手紙を眺めていた。五年という時間が、二人の間に距離を作っていたはずなのに。
 陽介は祖父の代から続く農家を継ぎ、日々忙しく働いていた。朝早くから田畑に出て、泥にまみれながら作業をする。都市での華やかな暮らしとは無縁だが、それなりに充実していた。
 それでも、ふとした瞬間に思い出すのは、綾との高校時代の記憶だった。
 秋の夕暮れ、二人で河原を歩いたこと。冬の寒い日に、駅の待合室で肩を寄せ合ったこと。春、桜の下で彼女が見せたあの笑顔。眩しい夏の光を浴びて、ふたりで海水浴に行ったことを。思い出の一つひとつが、今の陽介の心に温かく、そして少しだけ痛みを伴って響いた。
 手紙を開けるべきか、迷う。もし読んでしまえば、忘れかけていた感情がまた胸の奥に蘇るかもしれない。だが、開けずに置いておくほどの勇気もなかった。
 ——開けたら、何かが変わるだろうか。
 外では小雨が降り続き、田畑の土がしっとりと湿っている。
 陽介は、ゆっくりと封を切った。

第四章:すれ違う思い

 指先がわずかに震える。手紙を読み進めるうちに、胸の奥にしまい込んでいた記憶がゆっくりと蘇る。
 「あなたの笑い顔を今日は覚えていました。」
 その一文が、陽介の心に深く突き刺さる。
 高校時代の記憶が鮮やかによみがえった。ふたりで歩いた放課後の帰り道、川沿いの土手で語り合った夢、冬の寒さを凌ぐために手をつないだこと。綾は、そんな日々を思い出していたのだろうか。
 季節は巡る。冬が過ぎ、春が訪れ、また夏が来る。そのたびに人は変わる。綾は都会に出て変わっただろう。もう手の届かないところに行ってしまっただろう。しかし自分は農業を継ぎ、都会の生活とはかけ離れた日々を送っている。
 「今さら、何を言えばいい?」
 便箋を握りしめたまま、陽介は窓の外を眺めた。冬の名残が微かに残る風が、枯れた田んぼを揺らしている。
 過去に戻ることはできない。でも、綾の言葉は確かに自分の心を揺らしていた。
 陽介は机に向かい、静かにペンを取った——。

第五章:冬の再会

 綾は新潟行きの新幹線の窓から、雪景色を眺めていた。東京とはまるで違う世界。静寂と白の世界に包まれた故郷は、彼女にとって遠い記憶の中の風景そのものだった。いつまでも変わらない世界だ。
 陽介からの返事はなかった。しかし、それでも綾はこの旅を決めた。手紙を送っただけで終わりにするのではなく、自分の気持ちにけじめをつけるために。
 駅に降り立つと、冷たい風が頬を刺す。足元の雪を踏みしめながら、綾はゆっくりと河原へ向かった。かつて二人でよく訪れた場所。そこに行けば、何か答えが見つかるような気がした。
 降り積もった雪が、足音を吸い込むように静寂を作り出している。綾はコートの襟を立てながら、遠くに人影が見えた。彼の後ろ姿。
 陽介だった。でき過ぎた偶然だ。
 綾の心臓が高鳴る。五年ぶりに見る姿は、記憶の中の彼と少し違っていた。背中が少しだけ広くなり、髪の毛にうっすらと雪が積もっている。
 陽介もまた、彼女の足音に気づいたのか、ゆっくりと振り向いた。
 「……綾さん?」
 その声は、昔と変わらない。優しく、少し驚き混じりで、そして懐かしさを帯びていた。
 綾は小さく笑った。「久しぶり。」
 しばしの沈黙。二人の間には、五年という時間があった。けれど、その時間が無駄だったとは思わない。ただ、言葉にできなかった思いが、そこにあった。
 「手紙、読んだよ。」
 陽介の言葉に、綾はそっと目を伏せた。彼の表情は、過去を振り返るようでいて、今ここにいる彼女をしっかりと見ていた。
 「……返事、しなくてごめん。」
 「ううん。いいの。」
 風が二人の間を吹き抜ける。遠くで川の流れる音がかすかに聞こえた。静かで、穏やかな時間。
 「変わった?」綾がふと聞く。
 「……変わったよ。でも、変わらないものもある。」
 陽介の言葉に、綾は再び笑った。「そうだね。」
 かつて愛した人。今もなお、大切な人。互いに微笑み合いながら、過去ではなく、未来を見据えていた。
 雪が舞い落ちる中、二人はそっと並んで歩き出した——。

エピローグ:変わったのは——

 東京の夜。ネオンが雨に滲み、舗道に映る光が揺らめいていた。
 綾は窓際の席に座り、指先でカップの縁をなぞる。都会の喧騒の中に身を置きながら、胸の奥に広がる空白を埋めることはできなかった。
 吹っ切れるつもりだった。あの河原で陽介に会い、自分の中で終止符を打つはずだった。
 けれど、違った。
 変わったのは、自分ではなく陽介だった。
 五年前と同じ景色の中に立っていたのに、彼はもう以前の陽介ではなかった。声も、仕草も、表情も。彼の時間は確かに進んでいた。あの日と同じ雪の中、変わらないのは自分の方だった。
 ——季節は巡り、あなたを変える。
 あの歌詞の意味が、今になって胸に突き刺さる。
 「ねえ、綾?」
 奈津の声に顔を上げる。彼女はスマホをいじりながら、ちらりとこちらを見た。
 「……どうしたの?」
 「……なんでもない。」
 綾は笑ってみせたが、それはあまりにも儚い微笑みだった。
 何も変わらなかったはずの都会の空が、どこか遠いものに感じた。
 新潟へ帰りたい。
 無性に、帰りたかった。だけど、それは叶わない願いだった。
 窓の外には、冬の冷たい雨が降り続いていた。
 ふたりの人生は交差し、そして再びそれぞれの道へと続いていく。
 だが、それは決して切れたわけではなかった。
 季節は巡り、いつかまた、どこかで——。あーあー。

AI小説「抹茶殺人事件」(Claude版)

抹茶殺人事件

松田卓也+Claude

プロローグ

電話が鳴ったのは、十一月の肌寒い夕暮れ時だった。和歌山市郊外の閑静な住宅地に建つ平屋で、江川英輔は夕刊に目を通していた。記事の内容は目に入っても頭に残らない。退職後の生活は、どこか空虚な響きを持っていた。
玄関先には、柿の実が重たげに実っている。近所の主婦が時折、野菜を持ってきてくれるが、独り暮らしの身には多すぎるほどだ。元和歌山県警の警部という経歴は、この界隈では知る人ぞ知る存在だった。
受話器を取る。「江川です」
「江川か?俺だ、早川だ」 続きを読む AI小説「抹茶殺人事件」(Claude版)

AI小説「抹茶殺人事件」(DeepSeek/GPT4o版)

抹茶殺人事件

松田卓也+DeepSeekV3+GPT4o

プロローグ

1998年、和歌山市の郊外。秋の風が山々を染め、赤や黄の葉が風に舞いながら静かに地面に降り積もっていく。遠くから聞こえる野鳥の声と、時折吹き抜けるひんやりとした風が、町並みに静かな寂しさをもたらしていた。
元警部の江川英輔は、自宅の縁側に座り、遠くに見える山々をぼんやりと眺めていた。退職してからというもの、彼の心には未解決事件への未練がくすぶり続けていた。警察官としての使命感と正義感は、彼の胸の中に深く根を張り、静かな暮らしの中でも消えることはなかった。
「もう引退したんだから、のんびりしろよ」 続きを読む AI小説「抹茶殺人事件」(DeepSeek/GPT4o版)

AI小説「鶯荘殺人事件」(DeepSeekV3版)

鶯荘殺人事件

松田卓也+DeepSeek V3

前書き

先に上梓した「鶯荘殺人事件」はClaudeをアシスタントとして使って書いた。LLMに小説を書かせることは、現在ではまだそう簡単なことではない。単に〇〇の小説を書いてくれと頼むだけではうまくいかない。話の筋をあらかじめきっちり決めておく必要がある。前回はアガサ・クリスティーのスリラー短編小説Philomel Cottageの内容を、場所を日本に置き換えて、登場人物の名前も日本風に変えて(これはLLMが考えてくれる)、場所の設定もして、各章ごとにかなり詳しいストーリーラインを決めておいた。それでLLMに各章ごとに書かせるのだ。 続きを読む AI小説「鶯荘殺人事件」(DeepSeekV3版)

AI小説「鶯荘殺人事件」(Claude版)

鶯荘殺人事件

松田卓也+Claude

第1章「運命の出会い」

春の朝もやが晴れ始めた岡山県総社市から車で20分の静かな田舎家。亜里沙は夫の源三郎を玄関先まで見送った。
「気をつけて」
「ああ」
黒いベンツが山あいの道を総社市街へと消えていく。その後ろ姿を見つめながら、亜里沙は半年前の出会いを思い出していた。亜里沙は特に美人とは言えない。むしろ平凡な顔立ちだと自分では思っている。それがこんな立派なお屋敷の奥様に収まっているのが不思議な気がした。
続きを読む AI小説「鶯荘殺人事件」(Claude版)

AI小説「静かな反逆」

静かな反逆

松田卓也+Claude

第1章:「孤独な居場所」

薄暗いスターバックスの片隅で、雅弘は温かいラテを両手で包み込んでいた。昼下がりの柔らかな日差しが、店内に流れるジャズの音色とともに、彼の周りを優しく包み込む。週末のこの時間、彼にとってはようやく自分を取り戻せる貴重な瞬間だった。
「また今日も、ここに逃げ込んでしまった」
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