AI小説「コンクリートと、君の便り」

コンクリートと、君の便り

松田卓也+Gemini 2.5 Pro

挿絵:GPT-4o

前書き

2025年3月26日にGoogleのGeminiがアップデートされて2.5 Proになったというニュースが出回った。そこで早速、それを使って短編純愛小説を試作してみた。まず物語の大筋を伝えて、映画にした場合の主題歌の歌詞を作ってもらった。以下に示したものがそれである。Verse, Chorus, Bridge, Outroとあるのは、欧米のポップソングの基本的な形式である。日本のポップソングはこれとは違う形式をしている。

ネオンが滲む 窓の外

歌詞
(Verse 1)
ネオンが滲む 窓の外
見慣れたはずの 街の灯り
人波に紛れて 歩いても
心はどこか 浮ついたまま
冷蔵庫の音だけ 響く部屋
広すぎるベッドに 身を沈め
目を閉じれば 浮かぶのは
あの日のままの 君の笑顔

(Pre-Chorus)
「元気でやってる」 強がりだけじゃ
隠しきれない夜もある
不意に 声が聞きたくなるんだ

(Chorus)
ペンを取るよ 震える指で
都会の隅から 君へと綴る
「寂しくない」なんて 嘘だよ
本当は 今すぐ 駆けつけたい
変わりゆく私と 変わらない君と
繋ぐのは この一枚の便り

(Verse 2)
駅前のカフェも 新しいビルも
私の知らない 景色ばかり
君が見ている空は どんな色?
星は今夜も 綺麗かな
帰り道 笑ったこと
些細なことで 喧嘩したこと
古いアルバム めくるように
思い出だけが 傍にいる

(Pre-Chorus)
選んだ道は 間違いじゃない
そう信じてる はずなのに
どうして 涙 溢れるんだろう

(Chorus)
ペンを取るよ 震える指で
都会の隅から 君へと綴る
「寂しくない」なんて 嘘だよ
本当は 今すぐ 駆けつけたい
変わりゆく私と 変わらない君と
繋ぐのは この一枚の便り

(Bridge)
いつか この街にも 慣れるのかな
君がいない 季節の過ぎ方にも
でも今は ただ 君を想う
それだけで 少し 強くなれる気がした

(Chorus)
インクが滲む 白いページに
都会の風と 涙を乗せて
「大丈夫だよ」って 書いたけど
本当は 君の声に 抱かれたい
離れていても 心はそばにいると
信じてる この一枚の便り

(Outro)
ポストに投函した 明日
君の元へと 届きますように
そっと 祈るだけ…
元気でいますか…

第一章:ネオンの隅で、ペンを取る

蛍光灯が白々しく照らす専門学校の廊下を抜け、重たいドアを押して外に出ると、生ぬるい夜風が頬を撫でた。もう九月も終わりだというのに、東京の夜はまだ夏の残り香を引きずっている。耳をつんざくような電車の通過音、せわしなく行き交う人々の靴音、途切れることのない車のクラクション。この街の音は、いつまで経っても水野 楓(みずの かえで)の耳には馴染まなかった。
「お疲れ様でーす」
コンビニのアルバイトを終え、借り物の笑顔を脱ぎ捨ててアパートへの道を歩く。人波に逆らわないように、けれど誰とも視線を合わせないように俯き加減で歩くのは、もうすっかり癖になっていた。イラストレーターになるんだ、そう意気込んで飛び出した故郷、会津の空とはあまりに違う、四角く切り取られた空を見上げる。星なんて、ほとんど見えやしない。
オートロックのドアを抜け、エレベーターで四階へ。自分の部屋の前に立つと、いつも少しだけ息が詰まる。鍵を開けて中に入れば、しんと静まり返った空間と、冷蔵庫の低い唸り声だけが楓を迎える。電気をつけると、がらんとしたワンルームが味気なく照らし出された。窓の外には、眠らない街のネオンが滲んでいる。綺麗だとは思うけれど、どこか遠い世界の出来事みたいだった。
買ってきたお弁当を電子レンジで温めながら、無意識にスマートフォンの画面をタップする。待ち受けは、高校の卒業式の日に撮った写真。少し照れたように笑う、学ラン姿の彼――佐伯 樹(さえき いつき)と、その隣でぎこちなくピースサインをしている私。磐梯山の麓、まだ雪が残る早春の光の中で撮った一枚だ。
途端に、堰を切ったように寂しさが胸に込み上げてくる。
『元気?』
LINEのトーク画面を開き、文字を打ち込んでは消す。たった三文字なのに、送信ボタンが押せない。『課題、大変だけど頑張ってるよ』…違う。『バイト先、面白い先輩がいるんだ』…嘘だ。本当は、すごく寂しい。樹の声が聞きたい。会津の、あの澄んだ空気が吸いたい。でも、そんな弱音、簡単に吐けるはずもなかった。自分で選んだ道なのだから。
テーブルの上、乱雑に置かれたスケッチブックの隣に、引き出しの奥にしまい込んでいたレターセットを見つけた。会津木綿の、素朴な縞模様が縁取られた便箋。上京する前、祖母が「たまには手紙もいいもんよ」と持たせてくれたものだ。
スマートフォンでは伝えきれない、このもどかしい気持ち。言葉にならない想い。もしかしたら、手紙になら託せるかもしれない。
楓はゆっくりとペンを取った。インクの匂いが微かに鼻をつく。
白い便箋に向かい、深呼吸をひとつ。
なんて書き出そう。迷った末、少しだけ懐かしい響きを思い出しながら、最初の言葉を綴った。
『樹へ。元気でやってっか?』
数枚の便箋に、とりとめのない近況と、少しだけ隠しきれない本音を書き連ねた。窓の外はすっかり暗くなり、ネオンの光だけが煌々としている。書き終えた手紙を丁寧に封筒に入れ、宛名を書く。会津の住所と、「佐伯 樹 様」という文字を書くだけで、指先が少し温かくなる気がした。
コートを羽織り、夜の街へともう一度出る。ひんやりとした空気が心地いい。アパートの近くにある赤いポストに、そっと手紙を投函した。カタン、と軽い音がして、私の想いは暗闇に吸い込まれていく。
会津まで、どうか無事に届きますように。
部屋に戻る足取りは、来た時よりもほんの少しだけ軽かった。

第二章:強がりのインク、揺れる文字

楓がポストに最初の手紙を投函してから、一週間ほど経った頃。アパートの集合ポストに、見慣れた文字の封筒が届いているのを見つけた。会津の消印が押されている。差出人は、もちろん佐伯樹だ。胸を高鳴らせながら部屋に戻り、はやる気持ちを抑えて封を切った。
『楓へ。手紙ありがとう。驚いたけど、嬉しかったぞ。こっちはもうすっかり秋だ。お袋が、楓が好きだった林檎を送るって言ってたから、近いうち届くと思う。学校もバイトも大変そうだな。無理はするなよ。こっちは変わりない。また連絡する。 樹』
樹らしい、短くも実直な文字。楓の体を気遣う言葉と、さりげない優しさが滲んでいる。その素朴な温かさに胸がじんわりと温かくなる反面、楓が手紙の行間に込めた、言葉にならない寂しさのニュアンスまでは、やはり伝わっていないようにも感じた。当たり前だ、言わなければ伝わるはずがない。それでも、少しだけ物足りなさを覚えてしまう自分に、楓は小さくため息をついた。
秋が深まるにつれて、専門学校の課題はますます密度を増し、アルバイト先のカフェも年末に向けて忙しくなってきた。都会のスピードに必死で食らいつく日々。そんな焦りが、思わぬ綻びを生んだのかもしれない。
「水野さん、またオーダー間違えたの? しっかりしてよ!」
店長の鋭い声が、混み合う店内に響いた。やってしまった、と顔から血の気が引く。この一週間で三度目のミスだった。慣れないラテアートに挑戦して失敗したこと、慌ててレジを打ち間違えたこと。小さな失敗が重なり、自信がどんどん削られていく。周りのスタッフの視線が痛い。
「すみません…」
俯いて謝ることしかできない自分が情けなかった。休憩室に戻っても、ため息しか出てこない。
さらに悪いことに、季節の変わり目に気を張っていた糸がぷつりと切れてしまったのか、その夜から熱が出てしまった。風邪薬を飲んで布団に潜り込んでも、悪寒が止まらず、体の節々が痛む。頼れる人もおらず、一人きりで耐える夜はひどく長く感じられた。こういう時、会津なら…。そんな詮無いことを考えては、また自己嫌悪に陥る。
数日後、ようやく熱が下がり、少しだけ動けるようになった楓は、再びペンを取った。樹への二通目の手紙を書こうと思ったのだ。窓の外では冷たい雨が降っている。会津はもう、初雪が降っただろうか。
ペンを握る指が、まだ少しだけ震える。本当は、アルバイトでミスばかりしていること、情けないくらい落ち込んでいること、熱を出して一人で寝込んでいたこと、全部話してしまいたかった。助けて、と叫びたかった。
でも、書けたのはこんな言葉だった。
『樹へ。林檎ありがとう、すごく美味しかったよ。こっちもだいぶ寒くなってきたけど、元気にやってるから心配しないで。(中略)最近、新しい課題が大変だけど、面白い作品ができそうなんだ。完成したら、また写真送るね』
心配をかけたくない。弱音を吐く自分が許せない。夢を追って都会に出てきたのに、こんなことでへこたれているなんて知られたくない。そんな見栄と意地が、楓に嘘をつかせた。
便箋のところどころ、インクが僅かに滲んでいるのは、きっと気のせいだ。
書き終えた強がりの手紙を封筒に入れ、楓は再び夜のポストへと向かった。「これでいいんだ」と、自分に言い聞かせながら。

第三章:雪国のノックは、不意に

楓からの二通目の手紙を受け取ったのは、会津に本格的な冬将軍が訪れ、朝の冷え込みがいよいよ厳しくなってきた頃だった。役場の仕事を終え、吐く息も白くなる帰り道、樹は自宅のストーブの前で、楓からの封筒を開けた。
『…元気にやってるから心配しないで…面白い作品ができそうなんだ…』
便箋に並ぶ文字は、確かに楓のものだ。けれど、いつもよりどこか硬く、インクの掠れ具合も妙に目についた。特に「元気」という言葉が繰り返されるのが、樹には引っかかった。楓は、本当に辛い時ほど、大丈夫だと強がる癖がある。高校時代、部活で失敗して落ち込んでいた時も、そうだった。電話で話した時の声も、気のせいか少し掠れていた気がする。
「…なんか、無理してねえか?」
呟きは、ストーブの燃える音にかき消された。林檎は美味しかったと書いてあった。でも、楓が本当に好きなのは、蜜がたっぷり入った「ふじ」のはずなのに、送ったのは早生の「つがる」だった。そんな些細なことも、今の樹には妙に気にかかった。
いてもたってもいられなくなる。電話をかけて問いただすのは簡単だ。でも、電話口でまた「大丈夫」と言われたら、それ以上踏み込めない気がした。言葉で楓の心を解きほぐすなんて、自分にはできそうにない。できることなら、ただそばにいてやりたい。
樹は、その週末の予定を確認した。幸い、大きな予定はない。母親には「ちょっと東京さ友達に会いに行ってくっから」とだけ告げ、金曜の夜、仕事を終えると、樹はまっすぐ会津若松駅へ向かい、夜行バスのチケットを買った。狭いシートに体を押し込み、バスが走り出すと、窓の外を流れる雪景色が次第に暗闇に変わっていった。眠れないまま、樹はただ、楓のことだけを考えていた。
一方、その頃の楓は、体調の悪さこそ少しマシになったものの、気持ちはどん底まで落ち込んでいた。アルバイトのミスを引きずり、専門学校の課題も思うように進まない。降り続く冷たい雨が、窓ガラスを叩く音を聞いていると、世界にたった一人取り残されたような気分になった。昼食もろくに喉を通らず、ベッドに潜り込んで膝を抱える。スマホを手に取る気力さえ湧かなかった。
どれくらいそうしていただろうか。不意に、控えめなノックの音が聞こえた気がした。
コン、コン…。
最初は気のせいかと思った。宅配便の予定もないし、この時間に訪ねてくる人もいないはずだ。でも、もう一度、今度はもう少しはっきりと、ドアを叩く音がする。
「……はい」
重い体を起こし、のろのろと玄関に向かう。ドアスコープを覗く余裕もなく、半分だけチェーンをかけたまま、ゆっくりとドアを開けた。
隙間から見えたのは、見慣れたダウンジャケットと、少し息を切らした、懐かしい顔。
「……え?」
そこに立っていたのは、まぎれもなく樹だった。肩には雨の雫が光り、少し疲れたような、でも心配そうな目で、じっと楓を見つめている。
「…よお。…急に、悪ぃな」
予想もしなかった訪問者に、楓の思考は一瞬停止した。雨音と、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。樹が、ここにいる。会津にいるはずの樹が、今、目の前に。
「……樹…? なんで…?」
掠れた声で尋ねるのが精一杯だった。

第四章:束の間のおかゆ、確かな温もり

「なんで…」という掠れた問いに、樹は答えなかった。ただ、困ったように少し眉を下げて、楓の顔をじっと見ている。その心配そうな眼差しに、今まで張り詰めていたものが一気に崩れ落ちた。堪えきれなくなった涙が、ぽろぽろと頬を伝う。驚きと、安堵と、申し訳なさと、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、言葉にならない嗚咽が漏れた。
「…ご、ごめん…急に、泣いたりして…」
「いや…」
樹は短く言うと、楓の肩にそっと手を置いた。慣れない手つきだったけれど、その大きな手の温かさが、冷え切った体にじんわりと染み込んでいく。
「…とりあえず、中、入れよ。体、冷えるぞ」
促されるままにチェーンを外し、樹を部屋の中に招き入れる。狭いワンルームに、自分以外の、しかも樹がいるという状況が、まだどこか現実味を帯びない。樹は部屋を見回し、「ちょっと待ってろ」と言うと、持ってきた大きめのリュックから、スーパーの袋をいくつか取り出した。
「ちゃんと、食ってんのか?」
「…う、うん。まあ…」
「嘘つけ。顔色、悪いぞ」
図星を突かれて、楓は俯いた。樹は何も言わず、小さなキッチンに向かうと、手際よく買ってきた米を研ぎ始めた。
「え、樹…?」
「おかゆ。作ってやる。食えるだろ?」
リュックの中には、レトルトのおかゆではなく、米と、梅干し、それにインスタントの味噌汁や、楓が好きだと言っていたゼリー飲料まで入っていた。わざわざ会津から、これだけのために来てくれたのだろうか。その事実に、また涙が込み上げてくる。
樹は慣れない手つきながらも、小さな土鍋でコトコトとおかゆを炊き始めた。その間、二人の間に会話はほとんどなかった。けれど、気まずさはなく、ただ樹がそこにいてくれるだけで、張り詰めていた楓の心がゆっくりと解けていくのを感じた。部屋に漂う、米の炊ける優しい匂い。それは、どんな薬よりも効く、温かい処方箋のようだった。
やがて出来上がった熱々のおかゆを、樹は小さなテーブルに運んでくれた。
「ほら、食え。熱いから気をつけろよ」
「…うん。ありがとう」
ふうふうと冷ましながら、一口、口に運ぶ。少し水加減が多かったのか、少し柔らかすぎたけれど、優しい塩味と米の甘さが、空っぽだった胃にじんわりと染み渡った。美味しい、と呟くと、樹は少し照れたように「そっか」とだけ言った。
おかゆを食べながら、楓はぽつりぽつりと、最近あったことを話し始めた。アルバイトの失敗、課題の行き詰まり、体調を崩したこと、そして、どうしようもなく寂しかったこと。樹は相槌を打ちながら、黙って聞いてくれた。責めるでもなく、過剰に同情するでもなく、ただ、そばで静かに受け止めてくれる。その存在が、何よりもありがたかった。
「…ごめん、心配かけて」
「別に。…俺が勝手に来ただけだ」樹はぶっきらぼうに言って、少しだけ視線を逸らした。「でも、無理はすんな。お前、昔からすぐ一人で抱え込むから」
その言葉に、また涙腺が緩む。私のこと、ちゃんとわかってくれてるんだ。
あっという間に時間は過ぎ、樹が乗る帰りのバスの時間が近づいていた。わずか半日にも満たない、束の間の再会。それでも、楓の心には、確かな温もりが灯っていた。
バス乗り場まで、二人で並んで歩く。雨はいつの間にか上がっていた。
「…ほんとに、ありがとう。来てくれて、嬉しかった」
「おう」
「次は…ちゃんと元気な時に、私から会いに行くから」
「…ああ」
バスに乗り込む直前、樹は立ち止まって楓に向き直った。そして、少し躊躇うように、けれど真っ直ぐな目で言った。
「無理しすぎるなよ。いつでも、会津に帰ってこい」
一瞬、心が揺らぐ。その言葉に甘えてしまいたい衝動に駆られる。
でも、樹は言葉を続けた。
「…でも、楓」
「…うん?」
「お前の夢、応援してるからな。…だから、簡単に諦めんなよ」
それは、ただ優しいだけの言葉ではなかった。楓の覚悟を信じ、背中を押してくれる、力強いエールだった。
「……うん。ありがとう、樹」
頷く楓の目に、もう涙はなかった。バスの窓から手を振る樹を見送りながら、楓は冷たい空気の中で、ぎゅっと拳を握りしめた。

第五章:明日へのポスト、雪解けの約束

バスが見えなくなるまで見送った後、楓はゆっくりと踵を返した。一人になった帰り道は、来た時よりもずっと足取りがしっかりしているのを感じる。部屋に戻ると、さっきまで樹がいた気配がまだそこかしこに残っていた。
テーブルの上には、食べ終わったおかゆの土鍋と、樹が置いていったらしい会津の銘菓「ままどおる」の箱。少しだけ乱れたクッション。彼が座っていた場所に、まだ温もりが残っているような気がした。それは決して感傷的なものではなく、まるで部屋の中に小さな陽だまりができたような、穏やかで確かな温かさだった。
孤独が完全に消え去ったわけではない。この広い都会で、夢を追うことの厳しさも、寂しさも、きっとこれからも感じるだろう。でも、もう一人ではない。遠く離れた会津に、自分を信じ、静かに見守ってくれる人がいる。その事実が、冷え切っていた心にじんわりと熱を灯してくれた。樹が来てくれたのは、ほんの数時間だったけれど、それはまるで、固く凍っていた地面の下で、春を待つ草の芽が顔を出すような、そんな確かな変化を楓にもたらしていた。
窓の外を見ると、雨はすっかり上がり、雲の切れ間から弱々しいながらも月明かりが差し込んでいる。
楓は、机に向かった。そして、あの会津木綿の便箋とペンを再び手に取る。今度は、迷うことなく、素直な言葉が溢れてきた。
『樹へ。
先日は、本当にありがとう。突然来てくれて、すごく驚いたけど、それ以上に、すごく嬉しかった。
樹が作ってくれたおかゆ、本当に美味しかったよ。不器用だけど優しい樹の味がした。
ここに来てから、ずっと一人で頑張らなきゃって、弱いところを見せちゃいけないって、意地を張っていた気がします。でも、樹に会って、もっと素直になってもいいんだって思えた。
心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫。
樹が応援してくれるって言ってくれたから、私、もう少しここで頑張ってみる。簡単に諦めないよ。まだまだ未熟だけど、いつか、樹に胸を張って見せられるようなイラストを描けるようになりたい。
次、会津に帰る時は、ちゃんと連絡するね。美味しいソースカツ丼、一緒に食べに行こう。それまで、樹も体に気をつけて。雪かき、大変だろうけど頑張ってね。
また手紙書きます。
楓より』
書き終えた手紙には、強がりのインクの滲みはなかった。そこにあるのは、ただ、真っ直ぐな感謝と、未来へのささやかな希望だけだ。
封筒に入れ、宛名を書く。もう一度コートを羽織り、夜の街へ出る。さっきよりも空気は澄んで、少しだけ冷たいけれど、不思議と寒さは感じなかった。
赤いポストに、そっと手紙を投函する。カタン、という音は、今度は未来への約束のように聞こえた。
見上げた都会の空には、雲間から覗く月が、さっきよりもはっきりと見えた気がした。まるで、硬いコンクリートの隙間から、雪解け水が染み出すように、静かな希望が胸に広がっていく。
明日から、また頑張ろう。楓は小さく深呼吸をして、自分の部屋へと続く道を、今度は前を向いて歩き出した。