「シンギュラリティへの道」講演概要

あと30年でシンギュラリティ(特異点)がやってくると言われている。シンギュラリティとは技術的特異点(Technological singularity)とも言われ、人工知能(Artificial Intelligence)の能力が人類の能力をはるかに超越する時点、または出来事をいう。米国の未来学者で発明家のレイ・カーツワイルは2045年頃に人類文明は特異点に突入すると予測している。特異点で生まれるであろう、人類をはるかに超越した人工知能を超知能(Superintelligence)とよぶが、それがどんなものなのかはまだはっきりとはしない。人間自身が人工知能と一体化して超人間(Trans Human)になり、それが超知能だという説、コンピュータ上の機械知能が進化して機械超知能になるという説などいろいろある。

いずれにせよ超知能が生まれると、人類に大きな影響が及ぶであろうことは確かである。なぜなら超知能は人間よりも圧倒的に賢いので、科学技術が爆発的に進歩するからである。極端なことを考える学者は、超知能は新しく宇宙を作り出すとまで言う。それも千年先とかではなくて、21世紀後半のことだという。新しい宇宙を作るというのは極端にしても、特異点後の人類の歴史は現在、我々が見ている世界とは非常に異なったものになることは想像できる。

そもそも特異点という言葉は、数学的には変数が無限大になる点をいう。一般相対性理論では、時空の曲率が無限大になるところが特異点である。特異点の向こうがどうなっているかは、理論的に予言できない。その向こうが予測できないという意味で、米国の数学者でSF作家のバーナー・ビンジが、超知能が現れる時を特異点と名付けた。

特異点後の世界がどうなるかは、まだ誰もわからない。カーツワイルは楽観論で、超知能のおかげで、人類が現在抱えている様々な諸問題、例えばエネルギー問題、資源枯渇の問題、環境汚染の問題、食糧問題、人口爆発の問題などが全て解決して、人類はユートピアの時代に突入するという。人間は死ななくなるとまで言う。すくなくとも人々は働かずに遊んで暮らせるだろう。

しかし著名な宇宙物理学者でケンブリッジ大学のスティーブン・ホーキング博士や、電気自動車のテスラ・モーターズのイーロン・マスクは、超知能はとても危険で、人類はそれにより滅ぼされるだろうと警告している。マスクは、あと5年でロボットは人々を殺し始めるだろうと警告している。オックスフォード大学の哲学者で、人類の未来研究所所長のニック・ボストロム教授は、超知能により人類が滅びる確率は5%であると試算している。

一方、専門家の多くは、中間的立場で、いいことも悪いこともあるだろうという。ユートピアになることもない代わりに、人類が滅びることもない、もっと現実的な未来を想像する。しかしそうであっても、特異点後の人類世界が、今とは大きく変わっていることは想像に難くない。

実は特異点など来なくても、人工知能とロボットの発達で、人類社会はすでに大きな影響を受けつつある。具体的に言えば人工知能とロボットが知的労働者、肉体労働者の仕事を代替するので、多くの人が失業するであろうという。これを技術的失業と呼ぶが、それはすでに起き始めており、あと10-20年で現在の仕事の半分がなくなってしまうという研究もある。ともかく、これからの社会は人工知能とロボット、コンピュータ、ネットの発達を無視しては語れないのである。

超知能が現れると人類が滅亡する可能性もあるとすると、そんな危険な研究はやめてしまえば良いという考えは当然あり得る。しかしそれは止められないだろうというのが私の観測である。現在、米国政府とEUは人工知能、ロボット、脳の研究に膨大な研究投資を行っている。さらにGoogle、Facebook、Microsoft、IBMなどの米IT大企業は、政府機関の10倍以上の研究投資を行っている。政府の目的は将来の世界における経済、軍事、科学技術における覇権獲得である。特に米政府にとっては中国の挑戦を退けるためには、超知能に向けた研究開発を止めるわけにはいかないのだ。IT大企業も経済覇権をかけて争っている。つまり軍事と金儲け、標語的にいうとペンタゴンとウオールストリートがある限り、この進歩は止められないのだ。

翻って我が日本の現状を見ると、超知能に対する取り組みは、政府も大企業もほとんどない。あったとしても予算規模で欧米の1/10-1/100程度である。国家は殆ど関心を持っていないように見える。日本の現在の最大の問題は少子高齢化とそれにともなう国力の衰退であろう。経済活動において、物やサービスの生産量は労働人口×生産性である。1960年代から1990年代までの日本は生産年齢人口割合(労働力人口比)が高かった。つまり若かったのである。これを人口ボーナスといい、日本が高度経済成長を遂げた理由はひとえにそれである。ところが1990年代に韓国、中国に追い越され、現状ではアフリカを除いて、世界の最低線を低迷しているだけでなく、今後もますます低落する。これを人口オーナスと呼ぶ。今後の日本の衰退は予定されているのである。しかし先の式から分かることは、たとえ労働力人口が少なくても、生産性が上がれば挽回できるはずである。人工知能とロボットの進歩は生産性を劇的にあげることにより、人口オーナスを挽回できる可能性を秘めている。日本のこれからの道は生産性の劇的な上昇以外にないと私は思う。欧米諸国が競って研究投資をしている中、日本だけが何もしないでいては、ほぼ確実に日本は破綻する。日本の指導層の覚醒が必要である。

松田卓也