第2回シンギュラリティシンポジウム ⑤「国づくりに人工知能をどう活かすか?—新産業構造ビジョン—」 井上博雄

本日は貴重な機会を頂きありがとうございます。第四次産業革命で世界を日本がどうリードするか、今、政府が取り組んでいることをご紹介したいと思います。私が所属する経済産業省産業再生課では、人工知能、第四次産業革命にどう対応していくかの戦略づくりを担っています。
去年の9月から官邸に「未来投資会議」が結成され、国を挙げて人工知能や第四次産業革命に取り組まなければいけないと議論が始まっています。これまでの先生方のお話は未来を見据えた長期のお話ですが、私が今日お話しする内容は、その未来を手にするために目の前でやるべきことは何か、政府として取り組むべき事は何かということです。検討中の事項が多くありますので、皆様からのご意見を是非とも頂きたいと思います。(詳細はスライド資料をご参照)

参照スライド【アベノミクス成長戦略は、今どこにいて、何が求められているのか?】

政府としても、人工知能は成長戦略の肝と考えています。アベノミクスは経済全体へまだ良い成果を与えきれていないのではないかという声も聴きます。私は今の部署に異動する前は福島の復興に取り組み、数百回に渡って住民の皆様との対話もさせて頂きました。今日も会津大学の方が来られていますが、例えば会津のようなところにはまだ経済活性化の波及効果が十分に伝わってはいません。現在、先進国に共通する課題として、Secular Stagnation(長期停滞)が指摘されています。私が留学したハーバード大学で当時学長だったサマーズ元米国財務長官も指摘している通り、世界経済全般で需要面・供給面ともに課題を抱えている、よって、中国の習近平政権も含め、世界中どこでもイノベーションの社会実装の必要性が叫ばれています。
今、グローバルで何が鍵なのか、やはり人工知能、それを支えるビッグデータ、IoT、ロボットではないでしょうか。日立の中西会長も「新産業構造ビジョン」を検討する産業構造審議会のメンバーですが、ダボス会議に出席され、そこでは一昨年から毎年第四次産業革命について議論され、年々それが机上のことではなく実際に起こっている大変革だという認識が深くなっていると指摘されています。現在ではこれらの技術革新によって、「産業」だけでなく、どのように望ましい「社会」をつくるかという点に議論の焦点が移っているとおっしゃっています。

参照スライド【今、何が起こっているのか?① ~技術のブレークスルー~】

今起こっていることのポイントは、特定の一部の技術のみではなく、AI、ビックデータ、IoT、ロボティクスという重要技術がすべて同時にブレークスルーを起こしていることにあると見られます。先に挙げた四つの技術がすべてもの凄いスピードで進化しており、今まで不可能だったことが急速に可能になっています。その結果、産業構造・就業構造がもの凄い勢いで変化しているということです。

参照スライド【今、何が起こっているのか?② ~第四次産業革命~】

今日お集まりの皆様は関心が高い方ばかりなので心配していませんが、2年前に「新産業構造ビジョン」の検討を始めた時には、「人工知能くらいでは何も変わらない」とおっしゃる有識者も多くおられました。確かに、かつて人工知能は2度の冬の時代も経験したわけですが、今は確信をもって、人工知能はすべての分野に亘る新たな基盤技術であるということが出来ると思います。今までの特定の領域だけに起こったITによる効率化とは異なり、人工知能が全ての分野のデータ・技術と掛け合わされることによって様々なブレークスルーを起こし、産業全体が大きく変わる、まさに第四次産業革命だという点に着目すべきと考えています。

参照スライド【2.我が国の基本的な戦略(案)】

政府としても、シンギュラリティは必ず起こるのではないかと考えており、起こるなら日本からしっかり起こさなければならないと考えています。本日の議論でもあるように、どう良いシンギュラリティを起こしていくかというのが課題なのだと思います。私には3人の男の子がおりますが、将来彼らが食べて行けるのか、子や孫が今後も世界の中で食べて行けるようにするには何をすればよいのか、真剣に考える必要があると思っています。

参照スライド【第1幕(これまでの主戦場):バーチャルデータ】

第四次産業革命の主役は人工知能で、人工知能が学習し、機能するためにはデータが必要です。一方で、データに関しては、日本は負けた、第三次産業革命の圧倒的勝者アメリカにすべて持っていかれたという人もいます。しかし、それは競争の第一幕の結果でしかないのではないかと考えています。第一幕は、「バーチャルデータ」、ネット世界のデータを巡る戦いだったと言えるのではないでしょうか。

産業構造審議会のメンバーであるDeNAの南場会長が常におっしゃることですが、かつてはゲームを作っていた人、コンテンツ制作者が収益を確保できていましたが、今はコンテンツ制作者がデータプラットフォーマーの「小作人化」してしまっています。プラットフォーム上での売上の3割を取られ、プラットフォームのルールに従わないなら出て行けと言われてしまう恐れがあります。こうした「小作人化」の流れが、ゲーム産業だけでなく、他の産業にも及ぶことは何としても回避する必要があるというのが産構審での問題意識です。

参照スライド【第2幕(これからの主戦場):リアルデータ】【日本の強み・弱み】

ゲームだけでなく自動車産業までもがそうなったら大変です。健康医療介護・製造現場・自動走行などの「リアル」な世界のデータはお金を払いさえすれば得られるというデータではありません。これらを用いた闘いでは、誰かを排除したり、誰かが小作人にはならないシステムにしたいというのが理想です。「リアルデータ」のプラットフォームを日本が主導する可能性はまだ残っています。その為には日本の強み、即ち一つはものづくり・ロボティクスの分野を活かしていくことが大切です。またグローバルに見た時に、少子高齢化などの社会的課題が先進的で大きい分野、例えば健康医療介護や街づくりなどは日本が優位に立てるという点で可能性があります。課題解決のためならデータを提供するとなれば、「リアルデータ」の取得・活用も可能となり、今後の大きな原動力になるでしょう。 

参照スライド【海外メインプレーヤーのグローバル戦略】

海外のメインプレイヤーは、ネットからリアル、リアルからネットへ急速に動いています。今後はリアル(ハード)とネット(ソフト)の新たな融合が競争の鍵となるでしょう。注目すべきは、例えば中国のアリババで、電子商取引から始まり、個人に紐付けられたデータを、金融サービス等にも活用するプラットフォームを構築しています。今後は、健康医療介護やものづくりの分野にもビッグデータを活かしていく大きな可能性を持っています。一方、日本でも、例えば、プリファードネットワークス(PFN)といった極めて優秀な人工知能ベンチャーが生まれており、自動車や産業ロボットのトップ企業と連携し新たな融合、プラットフォームを構築すべく健闘しています。

参照スライド【リアルデータプラットフォーム構築のためのアプローチ~戦略その1、2】

日本の強みを活かしてハードとソフトの融合を進める、具体的には自動走行、産業用ロボットなどで「リアルデータ」のプラットフォーム構築を進める必要があります。東大の松尾先生の持論でもありますが、ディープラーニングによって初めてロボットが「眼」を持つことができるようになった、生物が爆発的に進化した「カンブリア爆発」をロボットも迎えるかもしれません。
トヨタが新たに立ち上げた新会社のCEOに就任したギル・プラット氏は、自動走行の実現に向け、人工知能の開発等を行っていますが、元は米国国防総省のDARPAプロジェクトでロボティクス分野をリードされていました。彼は「日本の立ち位置は良い、人手不足ということはロボティクスの観点では理想的な環境かもしれない、労働力をロボットで代替すると失業が起こり社会的軋轢を生じさせるが、日本は少子高齢化故にその摩擦が少ない、どんどん人工知能やロボットを活用できる余地がある」とおっしゃっていました。

参照スライド【3.各戦略分野における具体的戦略(案)】

政府としては、基本的に民間の力を活かすよう、邪魔しないよう、支援していきたいと考えています。以下、検討中の戦略についてお話します。

参照スライド【戦略の全体像(案)】

対応策の主な柱は、以下の6つです。

1)データ利活用促進に向けた環境整備 
そもそもデータは誰のものか、ポータビリティ・オーナーシップの問題があります。欧州では、基本的に個人のものという考え方をとっているように見受けられます。例を挙げれば、トヨタの車に乗って走行した場合のデータはドライバーのものか、トヨタ(車会社)のものか、ブリジストン(タイヤ会社)のものか?バランスは悩ましいが、データを利活用しやすいルールを決めて行かなければなりません。今後は、株式市場のように、データの流通市場が出てくるでしょう。①データの帰属を明確化するルールが決まり、②データ流通市場や情報銀行・情報信託銀行のルールを決めていく。その他、③個人データの利活用と個人情報保護とのバランス ④データ流通・利活用と競争政策のバランス ⑤データベースやAI学習済みモデル等の知的財産としての保護、標準必須特許等に係る企業間のアライアンス促進・知財紛争の早期解決 ⑥サイバーセキュリティの強化などをスピーディーに進めていく必要があります。

2)イノベーション・技術開発の加速化
分野横断的対策として、①ハードとソフトの融合に向けた世界最先端の人材や技術を集積・獲得する「グローバル中核拠点」の整備、②オープンイノベーションシステム構築、③国際標準化の戦略的推進、④ベンチャー育成の推進、⑤イノベーション基盤となる無形資産投資に向けたインセンティブ強化に取り組まなければなりません。
他国に比べこの分野への政府の投資額はあまり大きくありません。民間企業の資金をどうやってこの分野に引っ張ってくるかが課題です。安倍総理も、経団連と共に、産学連携を強化し、企業から大学・研究開発法人への投資を今後10年で3倍に増やすと発言されました(平成28年4月12日未来投資に向けた官民対話)。

3)規制改革
 ①世界最先端のビジネス環境を目指した新たな規制改革メカニズム(「目標逆算ロードマップ」導入)、②新たな製品・サービスの創出に繋がるルール高度化の仕組み(Regulatory Sandbox)の導入 が重要です。
自動走行について、例えばジュネーブ条約では人間が運転しないとダメとなっている等条約を改正していかなければならず、警察庁、国交省等が条約の改定ないし再解釈交渉をやっています。更には道路交通法などの改正も課題です。自動走行で事故が生じた場合の責任は誰がとるのか等も決めなければなりません。規制改革については、「目標逆算ロードマップ方式」を取って、下からの細かい積み上げでなく、世界の動きに遅れないよう自動走行を2020年には実現するという目標をまず定め、そのためにやるべき規制改革を逆算して進めていくという方法を取っています。英国金融庁などはフィンテックには現行規制は適用せず、事故が起こった時のためにサービスを受ける人は事前にOKしておく等、イノベーションを活かす「砂場遊び」ができやすいようにする環境を整えようとする動きを進めており、Regulatory Sandboxと呼ばれています。

4)企業の稼ぐ力
 ①データの「協調領域」と「競争領域」の峻別が行われ、②大企業が既存の事業領域に捉われることなく、リスクを取って、新たな事業にチャレンジできる、または柔軟に事業ポートフォリオ変換できるように変わっていくことが必要です。 また、③新しいアイデアやビジネスモデルを構築できるベンチャー企業が続々と生まれるようになったらいいですよね。政府としては、それを実現するために、迅速・果断な意思決定を可能とするガバナンス体制の構築、迅速かつ柔軟な事業再編を可能とする制度の整備、更に、労働・雇用の柔軟性向上を図っていく必要があると考えています。

5)人材育成・雇用
これは最も大切な点です。①データサイエンティストを始め、第四次産業革命を勝ち抜くための人材育成・獲得システムを構築すること、②新たなニーズに対応した教育システムを構築すること。昨年、2020年の学習指導要領の改訂にあわせてプログラミング教育を初等中等教育から必修化することが決まりました。また、③優秀な人材を海外から獲得するため、2017年に「日本版高度外国人人材グリーンカード」を導入すべく制度設計が進んでいます。トランプ政権への移行により、これまではインドからシリコンバレーに行っていた、特にムスリム等の高度人材が、今後は日本へ来る可能性も増えてきそうです。あわせて、④多様な労働参画の促進、⑤労働市場・雇用制度の柔軟性向上も重要な課題です。

6)中小企業、地域経済への波及
 第四次産業革命の果実が地域経済に波及していかなければ豊かな社会は実現できません。①データを活用した「新たな街」づくりに向けて、ベンチャーを始めとする、民間企業やNPO等が、公的な課題解決につながる新たなビジネス等に必要な公共データの公開を請求できる新たな仕組みの創設、②中小企業、地域におけるIoT等導入・利用基盤の構築 が重要課題として挙げられます。

参考スライド【今後国家戦略としてKPIを決定していくことが重要ではないか】
今後は国家戦略として大胆なKPIの設定が必要となると考えています(Yahoo 安宅さんのスライド参照)。

参照スライド【戦略分野I 健康を維持する、生涯活躍する(光の実現)】

これらの戦略を実現するための政策はどうあるべきでしょうか?健康医療・介護でどんな課題を解決したいのか、それがそのまま政策課題となります。健康維持・医療の分野で平均寿命を人工知能を使って何年延ばせるか、というのは平均寿命と健康寿命の差を今の10歳から何年短縮するかということで、これを5歳にするか0歳にするかでやるべき事は変わってきます。介護分野も介護不足人員68万人をゼロにするのかどうなのか、これも規定によって必要なロボット数と必要な技術開発の課題が決まってくるという具合です。

参照スライド【戦略分野I 健康を維持する、生涯活躍する(影の実現)】

 技術発展に伴い、データ管理・活用、社会変容、倫理の各層にて新たなリスクが顕在化する可能性があります。総務省等でも議論されていますが、こうした「影」を回避するための対応策をロードマップにしっかり織り込む必要があります。

 我が国そして世界が抱える社会的・構造的課題は、少子高齢化の他にも多々あり、第四次産業革命によって解決される社会ニーズは、多岐に亘ります。本日は残念ながら政府としてやろうとしていることの詳細をそれぞれ説明する時間がありませんので、別途資料をご覧ください。今年5月位を目途にして政府全体の成長戦略として纏めていきます。是非とも皆さんのご意見をメールでお寄せください。しっかり皆さんの御意見も踏まえ、意味ある対策を進めて行ければと考えています。
 本日は、貴重な機会を、本当に有り難うございました。 

経済産業省 経済産業政策局 産業再生課長 井上博雄

(報告:大久保香織)

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*講演資料: