第1回シンギュラリティシンポジウム ⑦ パネルディスカッション「本当に日本からシンギュラリティを起こせるのか?」

要約

 まず文部科学省の栗原潔氏から「政府の研究開発施策について」と題した話題提供があった。本シンポジウムのテーマであるシンギュラリティにも関連が深い分野である革新的人工知能研究を推進する体制の立ち上がりを示す政策に関する説明があり、大規模なICT分野のプロジェクトとして文科省がいままで本格的には参入していなかった分野とも言われるが昨年の概算要求により本年度54.5億円の予算措置がなされており、並行して国際的な研究活動への参画・ベンチャーエコシステムの確立等も重要、という認識が示された。

 政府系シンクタンクによる概算では、民間企業の関連予算規模では、日本は数千億円程度、米国は数兆円程度という現実があり、これらの現状を打破するべく、本年4月に総理指示による司令塔「人工知能技術戦略会議」が発足。これは産学のトップを構成員とする政府主導のAI技術戦略の司令塔で、総務省・文部科学省・経済産業省の三省連携体制が着実に進展している旨の説明があった。

 文科省予算の筆頭項目として、新規予算54.5億円としてAIPプロジェクト(人工知能/ビッグデータ/IoT/サイバーセキュリティ統合プロジェクト)が措置され、国立研究開発法人理化学研究所にAIPセンターが発足し、国立研究開発法人科学技術振興機構からは若手研究者向けのものを含む複数のファンディング制度が新たにスタートした。AIPプロジェクトの創設により、政府各府省の関連する研究開発投資規模は今春から100億円以上と概算される。米国には及ばないもののGDP規模等から比較すれば一定の水準は確保することが出来たとも考えられるとのこと。

 この講演を受けて松田先生から、政府が覚醒した、日本の指導層(政治家・高級官僚・大企業・マスメディア)が覚醒しないといけない、とのコメントがあった。

次に塚本先生がモデレーターご担当のパネルディスカッションに移った。

テーマ1「シンギュラリティの定義」ではモデレーターの塚本先生から、シンギュラリティは1つの仮説であって複数の考え方があり、否定的な意見もあることが説明された。松田先生からは汎用人工知能の1H(読み方:いちえいち、H=ヒューマン)が達成されることがプレシンギュラリティである、との見解が示された。齊藤氏は1Hは我々の脳内に存在するし、実在が目視できるものを人間は必ず乗り越えていく。1Hができないという理由が解らないと断言。石田氏からは、実業界では未来と同義で人工知能が語られているという指摘があった。栗原氏からはシンギュラリティという単語を否定してはいけないと思う。多様な科学技術・学術を支援するなかの1つとして、シンギュラリティも否定されないものと位置付けた。佐久間氏からは定義が不明かつ何が起こるかも不明なままこうして議論することが怖い、という印象があるというコメントがあった。TAの現場で学生たちにヒアリングした際も、「怖い」という回答だったという。塚本先生はシンギュラリティを語る上ではSF小説的な要素が多いので、人にうまく説明することもシンギュラリティを起こすために必要と締められた。

テーマ2「シンギュラリティに向けての現状」では、国の政策や世界と日本の現状について具体的なデータが示された。例えば論文数の比は57(米国):18:(EU)8(中国):2(日本)。米国対日本では約30対1。中国対日本では4対1。米国と日本の民間企業の予算は6兆と3000億で20対1。AAAI(トリプルAI:Association for the Advancement of Artificial Intelligence)によると、論文数は2012年のヒントンのVRC発表後に米国は倍増、中国は3倍、日本は横ばい。深刻なのは国別の共著関係で、中国は米国と非常に近い位置。日本の計算機科学/数学の論文数はこの10年で世界8位から20位に転落した。齊藤氏からは日本の優秀な人的資源の有効活用が急務だとの指摘があった。石田氏からは英国が蒸気機関による産業革命を進める際、機械を破壊する組合員の暴動に対して処刑者が出た史実が語られ、省庁連合による施策の推進を期待する言葉があった。佐久間氏からは今がどん底なら上がるしかないので学生自ら中国の80倍の論文数に挑みたい、と次世代としての思いが語られた。

テーマ3「日本の強み」では、齊藤氏のスパコンが上位独占の事実が挙げられる一方、類似したアーキテクチャを持つ中国の猛追が脅威であるとの発言があった。松田先生からは情報技術と工学分野の研究者も、論文は英語で発表することが重要。そうやって世界発信することはシンギュラリティと連動している、との問題提起があった。栗原氏からは例えば日本の強みである材料系と組み合わせた技術の成果もあり、基礎医学系・再生医療等とも結び付くことで日本の強みが発揮できるのではないか、との示唆があった。石田氏からは人工知能ありきのアルゴリズムが一度導入されれば、そこからの突破は速いと思うという展望が語られた。佐久間氏からは日本の強みと学生をつなぐ場を作るのがAIR。文科省も若手に予算を付けてくれており、そのうち日本の新しい強みが出てくるのではないか、というコメントがあった。

テーマ4「今後のプランならびに展望」では、松田先生はハードは齊藤さんのマシンがあり、日本が世界一。問題はソフトで、これは圧倒的に米国と英国が強い。一番必要なのは気概、やる気。人の能力に大差はない。若者のやる気と同時に大人がそれをバックアップすることが大切である、とした。齊藤氏からは人工知能とスパコン開発の戦いで負けるわけにはいかない。人工知能とスパコンを組み合わせた最強の科学技術基盤を確立し、仮説検証。これが回り出すと、論文が何百万本も出てくるという。人間には書けない論文だらけになり、学会も人間があまり参加しなくなるとした。石田氏は会社の経営基盤が安定したら、現在取り組んでいる言語に限らず画像や創薬ベンチャーにも挑む。非定形なところまで順番に実現していきたい、と意気込んだ。

 栗原氏からは、今年は理化学研究所のAIPセンターの設置と、科学技術振興機構の新たなファンディングが開始されたがこれを継続して拡充したい。例えば、我が国が良質なデータを有するコホート研究との連携等も可能性がある、また、塚本先生から言及のあったポケモンGOについても我が国独自の文化的・社会的背景等も寄与しており科学技術の研究開発だけで無く多様で魅力のある文化を育むことも重要との指摘もあった。我が国のマクロ的な課題が生産年齢人口の減少である中で、多様な背景を持つ方々が生き生きとした生活を実現し「一億総活躍」してもらうことがシンギュラリティにも一歩つながる、と語った。佐久間氏からは、これからヒントン教授のいるカナダのトロント大学に9カ月留学する。学生は気概が全てというところがあるが、日本人は潜在的に気概があると思うという発言があった。

最後に「シンギュラリティを起こすために」、として松田先生からの「気概を持て」のひとことで締められた。

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パネルディスカッション発言要旨

1.「シンギュラリティ」の定義

塚本先生(モデレーター):シンギュラリティは「ひとつの仮説」、複数の考え方がある。

松田先生:当面、達成するべきは汎用人工知能、1H。マスターアルゴリズムの解明並びに齊藤氏のスパコン利用によって達成可能。これが「プレシンギュラリティ=1人分」。

塚本先生:齊藤氏の話では科学技術の発展をスパコンが支える図式、これがプレシンギュラリティ。

松田先生:アメリカの「マイクロン計画」は、1ミリ立法メートルの脳細胞内のコネクトームの全解明を目指すという。同時にこれをシュミレートするアルゴリズムの構築も可能だという。数年でできると思う。

齊藤氏:「収穫加速の法則」のように、半導体に関してムーアの法則が終焉するとしても、それを補う新たな法則が生まれる。さほど長い時間もかからずコネクトームにまで到達するのが1つ。我々の脳内に1Hはある。実在しないものを創るのは難しいが存在が目視できるものに関して、人間は必ずそれを乗り越えていく。できないというほうの理由が解らない。

塚本先生:シンギュラリティは、経営者の間でも語られているか?

石田氏:人工知能は「未来」とほぼ同義で語られている。実現したらそれはもう未来とは誰も言わない。日常生活に小さいシンギュラリティは起こっている。AIコールセンターも「プチ」シンギュラリティ。それらが積層していき飽和点になれば、シンギュラリティの到来を一般の人も初めて感じるのではないか。

栗原氏:「シンギュラリティ」という単語自体は否定するべきものではない。例えば、iPS細胞研究でノーベル賞を受賞された山中伸弥先生が最初に「ヒトの分化した細胞を初期化し、万能細胞を創ることを目指す」として研究を始められた時には、iPS細胞は存在しなかった。新しい発見を行い新しい分野を開拓する方々は、新しい概念を提唱してそこを目指すもの。文科省としても、多様な幅広い学術分野に対して支援をしていきたい。

塚本先生:省内としても今後くるかもしれない1つの仮説、という見方でよいのか。

栗原氏:様々な科学技術分野を幅広く支援し、芽が出てくればそこを重点的に支援する中の1つ。

佐久間氏:シンギュラリティができないとは思わないが、「すごく怖い」と思っている。松田先生の1Hの意味ではできると感じる。シンギュラリティの定義すら良く解らない中で、何が起こるのかも全く不明。よくわからない議論を今ここでしているのが怖い、という印象や感想が多いのではないか。

塚本先生:不老不死、マインドアップローディング、宇宙の創生などSF小説的な話がかなり含まれているため、うまく説明をしないと人に不審がられてしまう。シンギュラリティを起こすための動きには、「説明の仕方」も重要なのではないか。

松田先生:第二の大分岐は人類レベルの話であって、国レベルの話ではないといわれるが現実的には国レベルの話。1Hの達成で決まる。齊藤さんの意見はハード・テイクオフ。2029年に1Hが達成できて、2045年に100億Hができるといっているのがカーツワイル。1H達成後に、人によっては1年、1週間後に100億H達成というが齊藤さんはあっという間だという。

齊藤氏:瞬間だと思う。

2.シンギュラリティに向けての現状

塚本先生:国の政策や、世界と日本の現状について。

松田先生:数字だけで見ると絶望的。技術論文の比は57(米国):18:(EU)8(中国):2(日本)。米国対日本では約30対1。中国とでは4対1。米国と日本の民間企業の予算では6兆と3,000億で20対1。

栗原氏の資料:例えば、AAAI(読み方:トリプルAI(エーアイ):Association for the Advancement of Artificial Intelligence)によると、論文数は2012年のヒントンのILSVRC後のDNNが盛んになった時期を見てみるとアメリカは倍増、中国は3倍、日本は横ばいに見える。また国別の共著関係を見ても、中国は米国と非常に近い位置。情報科学技術関係は特に難しい状況と言われており、情報科学技術関係全分野を網羅するものでは無いが計算機科学/数学の論文数で見ると、この10年で世界8位から20位に低下している。

齊藤氏:日本には優秀な人材がいる。人的資源の活用をしっかり考えれば抜本的な解決の可能性があるのではないか。
石田氏:ビジネスの現場でのAIへの抵抗感は非常に強い。音声認識の説明に行くと7割の処理率では「無理」と言われる。99.99%の水準までいかないと導入されない。

塚本先生:20年間のデフレで消極的になっているというのもあると思う。

石田氏:英国の産業革命の際は組合員が機械を破壊するのを厳罰化、15人が処刑された事実もある。

佐久間氏:数字だけを見るととても辛いが、今がどん底なら上がっていくしかない。代表を務めるAIRに参加している学生たちも危機感があるからだと思っている。学生自ら中国の80倍の論文数にチャレンジしたい。

3.日本の強みは何か

塚本先生:齊藤さんのスパコンは、なぜTOP1、2位を獲れるのか?

齊藤氏:我々が突拍子もない方法をとっていることは確か。アプローチがマジョリティとは全く違う。

塚本先生:他社が真似をしないのか?

齊藤氏:スパコンは舵を切るのに3年はかかる業界。中国は我々に近いアーキテクチャで、米国は驚いている。

塚本先生:いまのところ5年は貴社の優位性が高いとみていい?

齊藤氏:中国の追い上げが激しいので注意しないといけない。

松田先生:スパコン業界の脅威はもはや米国ではなく中国。学術では情報科学と工学分野が国内で完結しているのが問題。論文は英語で書くものだ。

塚本先生:研究を世界に発信するのは、シンギュラリティを起こすことと連動しているか?

松田先生:連動している。やはり世界に認められないと会議にも呼ばれない。アメリカで100人の招待制の会議があった。ここに呼ばれた日本人はIMS(注:理研統合生命医科学研究センター)の北野(宏明)氏1人だけ。こうした突発的な存在はいるが、「層」としてどうかという話。

栗原氏:例えば、日本は材料系が非常に強い。本日の齊藤先生の発表にも関連する慶應義塾大学の黒田先生の磁界結合技術はその典型例であるが、ものづくり等の言語の壁が無い分野は狙い目と言われる。また同様に我が国が強いと評価されている基礎医学系・再生医療等の分野と結び付くと、強みが発揮できるのではないか。ネットワーク・ソフトウェアでの応用から実社会での応用に対象が移行してきており、これは日本にとって非常なチャンス。

石田氏:導入部分では苦労すると思うが、人工知能ありきのアルゴリズムに入ったらとても成長が早いと思う。現状は「人ありき」で最大の工夫をしていて、新しいものの導入を嫌う。新しいものが自分たちにとって有利であるとなると、色々な業務改善が始まるしそのスピードは速い。一度突破さえすれば一気にいくと考えている。

佐久間氏:このように日本の強みを教えてくれる方たちと学生をつなぐ場を作るのがAIR。学生たちは自分たちは頭がいいと思っている節がある。文科省も若手に予算を付けてくれている。そのうち日本の新しい強みが出てくるのではないかという感じはしている。

4.今後のプランならびに展望

松田先生:ハードとソフト。ハードは齊藤さんのマシンで、日本が世界一。問題はソフトで、圧倒的にアメリカとイギリスが強い。日本には山川さんが始めた全脳アーキテクチャがあるが、一番必要なのは気概、やる気。人の能力に大差はない。若者のやる気と同時に大人がバックアップすることが大切。「2番じゃだめなんですか?」は気概の無さの象徴で、これが指導層にあってはならない。

齊藤氏:今後のプランは明確。AIとスパコンの戦いで負けるわけにはいかない。これを組み合わせた最強の科学技術基盤を立案して検証する。これが回り出すと論文が何百万本も出てくる。人間には書けない論文だらけになり、学会も人間があまり参加しなくなる。

塚本先生:それはどれくらいのスパンの話?

齊藤氏:個々のものは5年とかからず実現可能。それらが連携して回り出すのも5年以内。

石田氏:当社のコールセンターは会社の経営基盤を固めるための第一弾にすぎない。基盤が安定したら言語に限らず画像や創薬ベンチャーにも挑む。非定形なところまで順番に実現していきたい。

塚本先生:日本の産業全体としてはどうか?自動運転、ポケモンGOはどうか?

石田氏:自動運転は必ず来る世界。そこを頑張れる余地はある。かつて映画に携わっていた当時、米国は日本を見ていたが今は中国を見ている。中国一の大富豪になったワンダーグループに、日本のキーマンを紹介したが日本企業のほうが振り向かなかった。結果、日本を通り越して彼らはチンタオにハリウッド型の立派なスタジオを完成した。わずか5年で日本はビジネスチャンスを全て無くした。着実にやるべきところは抑えないといけない。

栗原氏:今年は理研AIPセンターが設置され、新たな科学技術振興機構のファンディングが始まったが、引き続きこれを拡充したい。例えば、コホート研究は我が国が良質なデータを保有している典型例であり、我が国はお年寄りも多数いらっしゃり定期健診等の受診率も高く、こうしたデータとの連携には大きな可能性があり、検討中。日本の文化的・社会的な背景、日本ならではの特色が塚本先生から言及のあったポケモンGOを生んだ面もあり、科学技術の研究開発だけで無く多様で魅力のある文化を育むことも重要。日本の課題の一つはマクロ的な生産年齢人口の減少だが、多様な背景を持つ方々が生き生きとした生活を実現し「一億総活躍」してもらうことが本日の会合のテーマであるシンギュラリティにも一歩つながる。官民協働海外留学支援制度トビタテ!留学JAPAN も今年も募集している。

塚本先生:佐久間君は今後、どうされる?

佐久間氏:これからヒントンのいるカナダのトロント大学に9カ月留学する。学生は気概が全てというところがあるが、日本人は潜在的に気概があると思う。外国人がポケモンGOをやっている間に、僕たちは気概でがんばりたい。

塚本先生:「日本からシンギュラリテイを起こす」、これは大切なスローガン。松田先生、締めのひとことを。

松田先生:気概を持て。

(報告:とりやま みゆき)

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*参考資料: