シンギュラリティサロン@東京#25 松田 卓也「教育のシンギュラリティ」

  名称: シンギュラリティサロン@東京 第 25 回公開講演会
  日時: 2018年2月17日(土) 1:30pm ~ 4:00pm
  場所: リコー IT ソリューションズ株式会社本社
     晴海アイランド トリトンスクエア オフィスタワー X 42 階
  主催: シンギュラリティサロン
  共催: 株式会社ブロードバンドタワー、
     リコー IT ソリューションズ株式会社
  講師: 松田 卓也氏 (神戸大学名誉教授)
  演題: 『教育のシンギュラリティ』
  講演概要:
 人工知能とロボットの発達により、今後 10 ~ 20 年で多くの仕事が失われていくだろう。それを技術的失業と呼ぶ。それに伴って新しい仕事も生まれてくる。技術的失業をした人々は、より高度な新しい創造的仕事に移るか、あるいはより低賃金の既存の仕事に移るかしなくてはならない。高度な仕事に移るには、そのための技術を習得しなければならないが、それがどんなものかは今は分からない。言えることは、学校で学んだ技術や知識が急速に陳腐化していくことである。それを防ぐには、我々は常に学ばなければならない。真の意味での生涯学習である。既存の学校システムがそれに適するかは分からないが、やはり独学が重要になってくる。ここでは独学の一手法としてのオンラインコースの利用について紹介する。また教育の人工知能化についても論じる。

  定員: 100名
  入場料: 無料
  https://peatix.com/event/348978
  聴講者: 小林 秀章 (記)

【タイムテーブル】

13:30 ~ 15:00 松田 卓也氏 (神戸大学名誉教授) 講演
『教育のシンギュラリティ』
15:00 ~ 15:30 自由討論

【ケバヤシが聴講する狙い】
「狙い」と言っても、このところは、講演者が誰であろうと、内容が何であろうと、聴講しにいくほうがデフォルトになっている。このイベントは、だいたい月に 1 回のペースで、東京と大阪で開催される。

過去、呼ばれて講演した方々は、計算機科学や人工知能やロボティクスの第一線で活躍する著名な研究者が多く、ひょっとするとシンギュラリティの実現に大きく寄与するかもしれない人もいる。例えば、下記のような面々。

・ 齊藤 元章氏 (PEZY Computing)
・ 石黒 浩氏 (大阪大学教授)
・ 光吉 俊二氏 (計算機科学者、彫刻家)
・ 金井 良太氏 (株式会社アラヤ 代表取締役)
・ 井上 智洋氏 (駒澤大学経済学部准教授)
・ 山川 宏氏 (ドワンゴ人工知能研究所 所長)
・ 三宅 陽一郎氏 (株式会社スクウェア・エニックス)
・ 前野 隆司氏 (慶應義塾大学教授)
・ 一杉 裕志氏 (産業技術総合研究所 人工知能研究センター)
・ 高橋 恒一氏 (理化学研究所 生命システム研究センター)
・ 姫野 龍太郎氏 (理化学研究所 情報基盤センター センター長)
・ 五十嵐 潤氏 (理化学研究所 情報基盤センター 上級センター研究員)
・ 塚本 昌彦氏 (神戸大学大学院工学研究科教授)

シンギュラリティサロンは、講演に 90 分、自由討論に 30 分と、たっぷりめに時間がとってあるのがよい。ほぼ毎回、客席は満杯となり、自由討論の時間は 30 分延長してもまだ足りないくらい活発な議論が続く。

今回は、シンギュラリティサロンを主催する松田氏がみずから講演する。松田氏には下記の著書があり、シンギュラリティを日本から起こそう、との掛け声の下に、このサロンを主催している。

  松田 卓也
  『人類を超える AI は日本から生まれる』
  廣済堂出版 (2015/12/28)

今回は、シンギュラリティそのものの中心に迫る話題ではなく、それが遠からず起きる、あるいは部分的にはすでに起きているという前提の下、それに伴って生じる技術的失業などの社会構造的な変化に対して個々人はどのように対処すべきかという周辺的な話になるようである。

シンギュラリティとは、機械の知能が人間のそれを上回るとき、といちおう定義づけされているけど、ならば知能をどう定義するかというと、そこがなかなかむずかしい。知能は意識とはまた別物だし。前者が備わっていて後者が備わっていない状態、あるいはその逆を思考実験的に想定することが容易にできる。

知能も意識も、ちゃんと定義できたら半分解明されたも同然、みたいなところがある。そのへんが明快になっていない以上、シンギュラリティもちゃんと定義できているとは言い難く、そこにややこしい議論が生じやすい。

私は、シンギュラリティが起きるためには、意識が備わっている人工知能、いわゆる「強い AI」が必須で、そのためには、意識の謎が解明されている必要があり、それにはあと 300 年ぐらいかかるであろう、という立場をとる。

一方、松田氏は、シンギュラリティにとって意識の有無はどうでもよく、意識の備わっていない、いわゆる「弱い AI」にも、常に強力な知能を備えうるという立場をとる。なまじ意識が備わっちゃうと、SF 映画などでよく描写されるように、愛だの人権だのとややこしい問題が生じるので、ないほうがすっきりすると。

その状態は、私のイメージするシンギュラリティとはちょっと違うけれど、しかし、弱い AI にも人間の領域を脅かす強力な思考機能が備わりうるという点については、同じ考えである。

シンギュラリティの言い出しっぺはレイ・カーツワイル氏である。私は松田氏を勝手に「日本のレイ・カーツワイル」と思っている。

【概要】

技術的失業により、真ん中の山がドシャッとつぶれるとき、大多数の人は左へ行って不要階級に甘んじるしかなくなる。右へ行ってハッピーになるにはどうしたらよいか。答えは生涯勉強。月月火水木金金。

真ん中の山とか、左とか右とか、どういうことか。横軸に所得・スキルをとる。右へ行くほど高所得・高スキルになる。右端には経営者やトップクラスのクリエイターがいる。一方、左端には肉体労働者や感情労働者 (接客業など) がいる。真ん中にはいわゆるサラリーマンなどの定型的事務労働者がいる。

縦軸に人数をとる。そうすると、両端が低く真ん中が高い山なりのグラフになる。機械が賢くなって人間の仕事を奪うようになると、真ん中の山が一気につぶれる。

左の方には、機械がやってやれないこともないけど、人間がやったほうがコストが安く上がる低賃金・低スキルの仕事が残っていて、大多数の人々はそっちに行くしかなくなる。

社会の機能という観点からすると、いてもいなくてもいい、不要階級となる。労働の大半は機械が行うので、人に残されている部分は大したことなく、コンビニでトラックから降ろした商品を陳列棚に並べるとか、その程度のものになる。

ベーシックインカムが敷かれれば労働も必要なくなり、大半の人々はバーチャル空間で遊び、ネトゲ廃人のような人生を送る。

つぶれた山から逃れて右へ行けるのは、ごくごく少数である。賢くなった人工知能にもできないような、マネジメントやクリエイティブ方面の知的労働に携わることになるかもしれない。消えゆく職業に代わって新たな職業が生まれるであろうが、それがどのようなものかは現時点では分からない。

確かなのは、ずっと勉強し続けなくては追いつかないということ。学校を卒業するまでみっちり勉強すれば足りるというものではなく、勉強すべき内容は新たに次から次へと湧いてくるので、置いていかれないようにするためには、生涯、勉強し続けなくてはならない。

学校が頼りにならないなら、独学である。本で勉強するのもいいけれど、オンラインのビデオ講義でいいのが出てきている。英語の聞き取りと読解の能力は必須。

日本はすでに世界のトレンドから孤立して取り残され、情報鎖国のような状況になっている。世界の最先端の情報を誰かが日本語に訳してくれるのを待っていても、誰もやってくれない。実際、今あるビデオ講座と同内容の日本語版はどこにもない。

【前提】

松田氏の講演内容は、イスラエルの歴史家であるユヴァル・ノア・ハラリ氏の未来ビジョンが色濃く反映されている。「世界の第二の大分岐」とか、「超人類の誕生」とか。

なので、そこだけ先に抜き出して、ハラリ氏の歴史観や未来ビジョンがどのようなものか、大きな絵を前提知識として共有しておくほうが、内容にすんなり入っていけるのではなかろうか。

□ ユヴァル・ノア・ハラリ氏がダボス会議で講演

世界 500 万部のベストセラー『サピエンス全史』の著者であるイスラエル人の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏がダボス会議に招かれ、1月24日(水)、人類の未来について講演した。いわく、我々はホモ・サピエンスの最後の世代になる。40 億年の生命の歴史で初めて自然淘汰の法則から脱却し、自身で進化の方向を設計するようになる。最も重要な資産はデータ。

□ 背景

「ダボス会議」は正式名称を「世界経済フォーラム年次総会」と言い、毎年 1 月末に 5 日間、スイスの保養地ダボスで開催される。世界の政治、経済、学問のリーダー約 2,000 人が集まり、世界情勢の改善や人類が抱える問題について議論する。

過去の出席者には、米国の元大統領であるビル・クリントン氏、ロシアのプーチン大統領、日本の安倍晋三首相、南アフリカ共和国元大統領のネルソン・マンデラ氏、フランシスコ・ローマ法王、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏などがいる。

今年は、1月22日(月) ~ 26日(金) に開催され、米国のトランプ大統領、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領ほかが出席した。

ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、イスラエル人の歴史学者であり、ヘブライ大学歴史学部の終身雇用教授。

著書『サピエンス全史』は 2011年にヘブライ語で出版された。2014年には英語版が出版され、その後 30 に迫る数の言語に翻訳された。世界で 500 万部のベストセラーになっている。

  ユヴァル・ノア・ハラリ
  『サピエンス全史 (上・下) 文明の構造と人類の幸福』
  河出書房新社 (2016/9/9)

最新の著書は、2015年にヘブライ語で出版された『Homo Deus: A Brief History of Tomorrow』。

  ユヴァル・ノア・ハラリ
  『ホモ・デウス』DVD BOOK
  宝島社 (2017/6/17)

ハラリ氏は、1月24日(水) 2:15pm GMT (日本時間 11:15pm) からダボス会議で講演している。タイトルは『Will the Future Be Human?』。

ハラリ氏の講演は YouTube に動画で上がっている。

歴史学者がダボス会議に呼ばれること自体めったにないことだが、ハラリ氏は、ドイツのメルケル首相と同じくらい会場を満杯にし、さらには、控室でメルケル首相から「あなたの本を読みました」と声をかけられたのだとか。

以下、ケバヤシによる要約。詳しい内容は上記の動画でご確認ください。

□ ユヴァル・ノア・ハラリ『未来は人間的か?』

我々はおそらくホモ・サピエンスのほぼ最後の世代となる。

1 ~ 2 世紀後、世界は、今の我々とは大きく異なる姿をした存在に支配されている。その差異は、今の我々がチンパンジーやネアンデルタール人と異なるよりも、もっと大きなものとなる。

次の世代、我々は、身体と脳と心を工学的に操作する手法を獲得する。それらが、経済を回す主要な製品となる。繊維製品や乗り物や武器ではなく。

未来において、データを支配した者が、人類だけでなく、人間の生命そのものを支配する。データが最も重要な資産となる。

古代においては、土地が最も重要な資産だった。少数の人が大部分の土地を支配したことで、人類は貴族と平民の 2 つの階級に分離した。

近代に入り、過去 2 世紀においては、土地に代わって産業機械が最も重要な資産になった。少数の人が大部分の機械を支配したことで、人類は資本家とプロレタリアートの 2 つの階級に分離した。

いま、データが最も重要な資産として、機械に取って代わろうとしている。もし、少数の人が大部分のデータを支配するようになると、人類は、クラスではなく、別々の種に分離する。

では、なぜデータがそんなに重要なのか。それは、我々が人間そのものをハックできる地点に来ているから。

人間をハックするには、ふたつのものが必要である。ひとつは、膨大な計算パワー。もうひとつは膨大なデータ。身体の内側や脳の内側で何が起きているかに関するデータがいちばん重要。何を買ったかとか、どこへ行ったかとかのデータではなく。

人間をハックすることは、歴史上、スペインやソビエトの権力がいかに強大でも、なしえなかった。しかし、状況は変わりつつある。それは、ふたつの革命が同時進行中であることによってもたらされつつある。

ひとつはコンピュータサイエンス、特に機械学習と人工知能の進歩。

もうひとつは生物学、特に脳科学の進歩。チャールズ・ダーウィン以来の 150 年にわたる生物学の研究は、ほんの一言で要約することができる。「オーガニズム (有機体) はアルゴリズムである」と。

情報工学 (infotech) と生命工学 (biotech) のふたつの革命が合流したときに獲得するのは、人間をハックする能力である。我々の身体や脳内における有機体のアルゴリズムを、コンピュータに記録して解析できる電気信号のアルゴリズムへと翻訳することが、最も重要な発明となる。

アルゴリズムが解明されると、我々が自分自身を知っているよりも、もっと深く自分自身を知ることができるようになる。我々は、実は、自分自身のことをよく知らない。

アルゴリズムには、十億ドルスケールの価値がある。人が何を欲し、どう感情が動き、何を決断するかを、本人以上によく予測し、活用することができる。

気をつけていないと、デジタル独裁主義が台頭してくるかもしれない。民主主義や独裁主義は、政治や道徳の観点から論じられがちだが、実は、データ処理の手法に関する違いである。意思決定のために必要なデータや計算パワーを広く分散させる民主主義と、一か所に集中させる独裁主義の違いである。

今までは、分散型のほうがうまく機能していた。しかし、それは時代に特有な技術的背景のおかげでそうなっていたにすぎない。21 世紀になり、AI や機械学習などの領域での新たな技術革命により、振り子が逆側に振れる可能性がある。

集中型のほうが、ずっと効率的になっていくかもしれない。この流れに民主主義が適応できなければ、人類はデジタル独裁主義の支配の下に生きることになりうる。

データの独占支配は、さらに過激な状況をもたらす可能性がある。エリートは、生命そのものの未来を再設計する力を獲得するかもしれない。それが達成されたら、人類史のみならず、40 億年の生命の歴史で初の大革命となる。生命の進化は自然による選択の法則から、我々自身の手によるインテリジェントな設計の下へと移行する。

科学の進歩により、生命は有機体から解放され、無機物の上に存在できるようになる。

だからこそデータの所有権が重要となる。これをルール化しないと、ごく少数のエリートが我々の社会ばかりか生命形態の未来をも握ることになる。

どうしたらデータの所有権をルール化できるか。土地に関しては一万年の歴史があり、産業機械については数百年の歴史があるけれど、データに関しては経験が浅い上に、本質的な困難性がある。データはどこにでもあって、なおかつ、どこにもない。光速で移動できるし、いくらでもコピーが取れる。

私自身の DNA や脳や身体や生命に関するデータは誰のものか? 私自身か? どこかの企業か? 政府か? あるいは人類の集合知か?

現時点ではデータは企業に握られていて、懸念材料となっている。しかし、国に預けて国有化したとしても、懸念は解消されない。デジタル独裁体制が台頭する結果に終わるだけだろう。

多くの政治家は、演奏家が楽器を演奏するがごとく、演説によって人々の恐怖や怒りや嫌悪などの感情を煽る。そんな演奏家の手に、より洗練された楽器を渡すのは、いいこととは思えない。生命と宇宙の未来を預けられるほど信頼に足る相手のようにはみえない。

多くの政治家は、意義のある未来ビジョンを構想する能力を備えているようにはみえず、むしろ、過去を指向するノスタルジアを売り物にしている。それでは解決にはならない。歴史学者として過去についてふたつのことが断言できる。第一に、過去は、戻りたいと思うほど面白いところではない。第二に、過去に逆戻りしたりしない。

データの所有権をどのようにルール化すべきか。正直、即答できない。科学者や哲学者や法律家や詩人など、多くのジャンルの賢人たちに呼びかけ、これから議論を始めるべきだ。人類の未来、のみならず、我々の生命の未来がそこにかかっている。

【内容】

□ 「私の」シンギュラリティの定義

二段階のシンギュラリティ

1. プレシンギュラリティ
・ 人工知能 (Artificial Intelligence; AI) が知的能力で人間を追い越すとき
・ 2029年
・ 技術的失業
・ 世界の第二の大分岐

2. シンギュラリティ
・ AI が人類を圧倒的に追い越すとき
・ 2045年
・ 人類史が大きく変わる
・ 超人類の誕生?

「シンギュラリティは起きるか?」は定義の問題もあるとしながらも、部分的にはすでに起きているとの見解を示した。

□ コンピュータ囲碁プログラム、衝撃の進化

コンピュータプログラムがチェスや将棋や囲碁において人間のトッププレイヤーを負かすといった誰の目にも分かりやすい事象が起きれば大きく報道され、衝撃が広まる。しかし、その背景にはプログラムの急速な進化があり、獲得した能力と進化のスピードのほうにこそ、驚くべきものがある。

AlphaGo は Google DeepMind 社によって開発されたコンピュータ囲碁プログラムである。2010年に DeepMind Technologies として 2010 年にイギリスで起業された会社が 2014 年に Google に買収され、現在の社名になった。

・ 2016年3月、AlphaGo がソウルでイ・セドル九段を 4 勝 1 敗で破る
・ 2016年末から 2017年初め、AlphaGo の新バージョン Master が  オンラインで 60 勝 0 敗
・ 2017年5月、Master が中国の柯潔九段を 3 勝 0 敗で破る。柯潔、泣く
・ 2017年10月、AlphaGo の新バージョン Zero が登場
  – 人間の棋譜を必要としない
  – 学習開始 3 日で AlphaGo の域に達する。100 勝 0 敗
  – 21日目に Master の域に達する。89 勝 11 敗
・ 2017年12月、Alpha Zero が登場
  – チェス、将棋、囲碁に対応
  – チェスでは Stockfish と対戦し、先手で 25 勝、後手で 3 勝、72 局で引き分け
  – 将棋では、佐藤天彦名人に勝った ponanza に勝って最強ソフトとなった elmo と対戦し、90 勝 8 敗 2 分
  – いずれも学習時間は数時間

Alpha Zero について、ponanza の作者である山本一成氏は、「悔しい」という言葉をもって悔しさをストレートに表現している。
https://note.mu/issei_y/n/nf95db8205da3

「ただ変な話だが、これで正しいのだ。私が技術的失業感を味わうのが正しいのだ。Alpha Zero のアルゴリズムはある意味とてもシンプルで、人工知能を志したことがある人なら誰しもが考える王道を走っている。技術は職人の神秘を科学に還元して、誰もが手軽に使えるようにしていく」。

Alpha Zero のやつ、囲碁だけが強いのではなく、汎用化という横の方向へ能力を伸ばし始めたという点が、いちばん空恐ろしい。

既存の AI はすべて「特化型」であった。囲碁のプログラムだったら囲碁しかできず、部屋を掃除してくれたり、お使いに行ってきてくれたりしない。特定の機能に限って人間を上回るだけだった。これは、縦方向の能力獲得である。

一方、シンギュラリティが起きるためには、汎用性が必要と言われている。オールラウンドに何でもこなすようにならなくてはならない。汎用化が今後の AI の課題である。これは横方向の能力獲得である。

人間のように基本的に何でもでき、常識を備えた AI を汎用人工知能 (Artificial General Intelligence; AGI) という。HAL9000 とか ドラえもんとか鉄腕アトムとかタチコマとか。Alpha Zero はそこへ向かう第一歩と言えるかもしれない。

意識をもたない AI を「弱い AI」というが、この「弱い」という言葉に惑わされてはならない。意識を備えなくても汎用性を備えた恐ろしく強力な「弱い AI」は実現しうる。

□ シンギュラリティと人間社会の第二の大分岐

ここでユヴァル・ノア・ハラリ氏の思想が登場する。未来も含めた人類史上、4 つの革命と 2 つの大分岐が起きる。

4 つの革命とは、
・ 認知革命 (ほぼ 7 万年前)
・ 農業革命 (ほぼ 1 万年前)
・ 科学革命 (17 ~ 19 世紀)
・ シンギュラリティ (2045年)

認知革命において、人は主観でも客観でもない「共同主観」というものを獲得した。存在しないもの、すなわち「虚構」をみんなで信じることができるようになった。神、貨幣、国家、会社、人権など。

例えば、電車が一本走るにしたって、駅員や運転手だけでなく、鉄道の敷設や車両の製造やその材料の採掘・運搬まで遡れば、何万人もの人が協力し合って初めてなしうることである。その人たちは、協力して鉄道を走らせましょう、と誓い合って任務についたわけではない。

共同主観があってこそ、赤の他人どうしの暗黙の協力がなしうるようになった。他の動物にない、人間独自の特性である。

農業革命と科学・産業革命において、最重要資産の寡占が階級の分離を招いたことは前述した通りである。

科学・産業革命は第一の大分岐を招いた。波に乗っかれた国と乗り損なった国である。前者は欧米と日本で、帝国主義勢力となった。残りは後者だが、多くの国々が先進国に収奪されて植民地化した。中国と韓国は「百年国恥」と捉えている。

中国の衰退とこのところの巻き返しがすごい。下記サイトに掲載されているチャートが非常に興味深い。世界の GDP が国別でどのようにシェアされているかの変遷を表している。
https://www.theatlantic.com/business/archive/2012/06/the-economic-history-of-the-last-2-000-years-in-1-little-graph/258676/

かつて強大なパワーを誇っていた中国は 1950 年あたりでキューッと細っている。逆に、同じ年にピークに達した米国はその後、相対的に徐々に縮んできている。この流れを延長すると、今に中国が一国で世界の覇権を握りそうな勢いである。

米国が一国で覇権を握っているのはいろいろ懸念があり、ヨーロッパやロシアや中国やインドなどが台頭してきて分散する傾向はいいかなと思っていたが、今の流れは中国の一極集中に向かっているように感じられ、それはそれでちょっと心配ではある。一国に集中するなら米国がいいのか、中国がいいのか。昔、「究極の選択」っていうのがあったなぁ。

日本はどうかというと、私が誕生したあたりからいい調子にシェアを拡大しているが、1980年あたりをピークにまた細ってきている。

さて、第 4 の革命がシンギュラリティであり、これが第 2 の大分岐をもたらす。乗っかれれば 21 世紀の先進国となり、圧倒的な豊かさを謳歌する。乗り遅れると、どうなるか分かったもんじゃない。脳内 BGM は『昭和枯れすすき』。

「世界には先進国と発展途上国と日本とアルゼンチンしかない」と言ったのは、スティグリッツ教授。二極の間を渡ったのは 2 か国しかないってことだ。日本は下から上へ、アルゼンチンは上から下へ。

日本はこれからどうなるのか。第 2 の大分岐に乗り遅れて再転落する模様がはっきりしてきたと思う。そこは、松田氏も私も見解が一致する。日本、沈没。

□ エリート対不要階級

国別にみれば上記のとおりだが、一国内ではどのようなことが起きるか。

概要で述べたように、真ん中の山がドシャッとつぶれ、大多数は左へ行き、ほんの一握りが右へ行く。右の道の先にあるのはエリート。支配階級とその周辺。左は不要階級。政治的・経済的に無価値な人々。21 世紀の人生ゲーム。

裕福か貧乏かの違いだったら相対的なものにすぎないが、ハラリ氏の思想を借りてくるならば、右へ行った人は、死ななくなり、ホモ・デウスという名の神みたいなものになるらしい。

右に行くにはどうすればよいか。答えは一生勉強。これに尽きる。

これまでの人生モデルは、教育 20 年、仕事 40 年、その後は引退して悠々自適の隠居生活、それでよかった。

これからは、学術の急速な進歩によって、人類は新たな知見を次々に獲得する。学校で学んだ知識はすぐに陳腐化していく。今得た知識は 10 年ともたない。知的好奇心、向学心がないと生き残れない。

□ オンラインビデオ講義がよい

大学の 90 分講義では、集中力がもたない。ネット上にあるビデオ教材はもっとうんと短い時間単位で一講座が編成されている。

ビデオ講義は途中で止めてトイレ、コーヒーOK。居眠りしても、巻き戻せば取り返しがつく。何度でも見ることができる。

代表的なオンラインコース:
・ Khan Academy
  https://www.khanacademy.org/
・ Coursera
  https://www.coursera.org/
・ Udacity
  https://www.udacity.com/
・ Udemy
  https://www.udemy.com/

□ 毎日が日曜日から月月火水木金金へ

松田氏は 1943年3月12日生まれ。まさに 70 の手習い。現役時代は宇宙物理学が専門だった。今は、AI に転向。新たなジャンルで一から勉強しなおしている。

現役引退したら、毎日が日曜日だった。しかし、今は違う。月月火水木金金。もともとは大日本帝国海軍で用いられたフレーズで、軍歌にもなっている。土日も返上で働くという意味。

秘密研究所で秘密研究会を催している。週に 4 回、1 回に 5 時間。神経科学、計算論的神経科学、機械学習、コンピュータビジョン、ロボット工学。数学、英語、コンピュータをこよなく愛する人、来たれ。

□ 次回は AI × アート

次回のシンギュラリティサロンは、3月11日(日) に東京大手町で催される。テーマは AI × アート。中ザワヒデキ氏と、ナニワのシュルレアリストこと中野圭氏が登壇する。
https://peatix.com/event/351900

【所感】

松田氏による『教育のシンギュラリティ』の講義は、1月14日(日) に大阪で開催された『シンギュラリティサロン』でも聴講している。二度聞いたからというわけでもないけど、すっかり感化されている。まだ読んでもいないハラリ氏の本から影響を受けているとも言える。

勝ち組へ行くか負け組へ行くかという実利的なことを抜きにしても、純粋な好奇心から勉強はいつまでも続けていたい。できれば、月月火水木金金の 100% 勉強生活にさっさと入りたいという気持ちはある。

私も松田氏の秘密研究会に入れてもらえたらと思う。けど、平日に週 4 回で、会場が京都じゃ無理だ。そう言うと、松田氏は、仕事なんかさっさと辞めちゃいなさい、と言う。いやいやいやいや、そんなに簡単におっしゃいましても、そればっかりはエイヤッ、スパッってわけにはいきませぬ。路頭に迷うわけには参りませんゆえ。

意識の謎について答えが知りたい。何世紀にもわたって、哲学の問題として議論されてきて、膨大な言葉が吐き出された割には答えに近づいていっている感じがぜんぜんしなくて、堂々巡りだった。

しかし、今は、答えはまだまだ遥か先にあるような感じはするけれども、脳科学と人工知能の急速な進展により、扉がほんの少しずつ開き始めていて、実質的に、前に進んでいっている感じがする。

つまり、勉強する甲斐のある、非常に面白い時代に生まれ合わせているのだと思う。謎が徐々に解けていくところをリアルタイムで目撃できる。

外野から眺めていて、研究開発の成果だけを後から見て驚かされてばかりいるのでは面白くない。学術の進展を中心でウォッチしたい。そのためには、学術研究の最前線を走っている専門家と、専門領域について話ができる程度には、こっちも基礎知識を備えておかなくてはならない。せっかく教えてもらってもちんぷんかんぷんでは話にならない。

意識の謎が見た目以上に深遠で、解明までにあと 300 年かかったとしても、それによって期待外れのがっかり感が世に広まり、第 3 次 AI 冬の時代に突入してしまうかと言えば、もうそうはならないような気がする。

Google DeepMind の AI が急速に進歩を遂げていたり、中国が教育の AI に 5 兆円もの投資をしたりするのを見れば、行き詰って進展が止まってしまうような感じがぜんぜんしない。

1962年12月生まれの私は松田氏のほぼ 20 年後を走っている。四捨五入すれば 60 歳になる。そろそろくたびれ感が出てきたかなぁ、気分は半分隠居でいいかなぁ、なんて、勝手に年寄りくさい風を吹かせたりなんかしているときに、やけにシャッキリして威勢よく吠えまくる松田氏を見ると、ひえっ、恐れ入りましたぁ、どうもすみませんでしたぁ、という気持ちになる。希望の星である。

アンチエイジングだか何だかで、見かけの若さを取り繕うのはどうでもいいけど、精神の若々しさはいつまでも保っていたいものだ。

以上。

(報告:小林 秀章)

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*講演資料: